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苦い苦いコーヒー

大学生の頃。カフェのバイトの面接で、「よかったらどうぞ」と、店主が好意でコーヒーを出してくれた。その黒くて苦いコーヒーを、ぐぐぐっと鼻に力を入れ、眉間にシワを寄せながら、一気に飲み干したのを今でも覚えている。

当時のわたしは、コーヒーが飲めなかった。それなのに、どうしても受かりたくて、最後までコーヒーが嫌いと言えずにいたのだ。マグカップに、なみなみに注がれたそのコーヒーは、湯水のごとく永遠になくならない、悪魔のような黒い飲み物だった。


真っ白なコーヒーカップと、絶妙なコントラストを成す、漆黒のコーヒー。
テーブルの上に、静かに佇むコーヒーと対峙していたら、そんな苦い記憶が蘇ってきた。

気付けばあれからもう10年。晴れてカフェ店員になり、コーヒーのテイスティングで味覚が鍛えられた。今では、カフェで迷いなくコーヒーを頼む。悪魔のように思えたあのコーヒーを、おいしい、と思いながら飲む時。ずいぶん大人になったものだなぁ、わたしも変わったなぁ、と感慨深くなる。

近所のカフェのブレンドコーヒーは、苦味と酸味の量がちょうど半分くらいで、バランスがよく、飲みやすい。こういう“ふつう”のコーヒーが1番好きだ。その質の高い“ふつう”の裏には、白髪の渋い店主の、魂がこもっている。

トランプをする家族、プレゼントを贈り合うマダム、赤ちゃんを膝の上に置いて、楽しそうに話すお母さんとおばあちゃん、1人で黙々とハンバーグを食べるおじさん。みんな、思い思いに、ゆったりのんびり過ごしている。その心地よいザワザワを聞きながら、熱々のコーヒーを、ずずずっと音を立てながら吸い込む。

手作りスクラップのメニューに、「おかわりコーヒー300円」の文字。見つけたら最後、おかわりしない訳にはいかない。おかわりコーヒーの存在は、「心ゆくまでゆっくりしてくださいね」と言ってくれているような気がして嬉しい。

おかわりコーヒーを頼むと、店主がビーッと豆を挽くところから始める。
注文を受けてから、一杯ずつ丁寧にドリップしてくれるのを、ゆっくり待つ。

木の家具で揃えられた店内には、観葉植物の鮮やかな緑が映える。客席のソファには、常連(?)の大きな熊のぬいくまるみが、どっしり構えている。オレンジの照明が、より一層、癒し系な雰囲気。そこには、無理しない純の居心地の良さがあった。

また何年か後に、こうやってコーヒーの記憶をふいに思い出す時があったら。今度は、苦い記憶でなく、居心地の良いカフェで、心ゆくまでコーヒーをおかわりした、あたたかく甘い記憶になるかもしれない。

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