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三浦哲哉『食べたくなる本』から 原田泰稔

 本書は料理本についての連載をまとめた本です。料理本とはよくよく考えればヘンなもので、指示通りに作れば作るほど馴染みのないものが出来上がったりする。食材や調味料を入念にそろえ、忠実につくった結果、嫌いな野菜を入れるはめになり案の定マズくなることだってある。それらを著者は「書物」のもつ作品性の具現として肯定的に語りはじめるところから本書は始まる。

 たとえば、この本で取り上げられるような理論派の料理研究家たちが書く料理本には小説や学術書と同様、筋だった内容があり、レシピの順番にだって余念がない。実際に料理を作ってみるのも一つの手だが、章立てのある本として読むだけでも各々の語りが垣間見えるだろう。そこから得た感性に料理本の愛読者である著者自身が感化され、勢いそのまま料理をしてみたりするのだから面白い。

 著者である三浦哲哉は映画研究者で、これまでに映画に関する書籍を複数出版している。映画と料理の共通点には「サスペンス」「宙吊り状態」があるといい、映画にみる焦燥や高揚、消失といった起伏が料理と重なる部分も多いという。また、次から次へと現れる料理研究家たちにはサスペンスさながら際立つ理論がそれぞれあり、彼らの料理への視座とそれを構築する著者の手つきには僕も読んでいて唸るものがある。

 本書で筆者の取り扱う対象は、家庭料理からジャンクフードや前衛料理、酒、タバコと多岐に渡る。なかでも度々語られる福島とそれについての最後の論考は、近代以後の食を鋭くとらえたたいへんなもので、僕自身の食への向き合いかたを大きく揺るがされた。ぜひ手にとっていただきたい。

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