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幼なじみが結婚する(3)

「実はさ、報告しなきゃいけないことがあるんだよね。私ーー」

「ーーもしかして、入籍!?」

椿が言い終わるより先に、わたしは食い気味に反応してから後悔した。今は話を聞くべきタイミングなのに、また自分勝手に突っ込んでしまった。最近、周りから結婚報告を耳にすることが多くなっていたし、彼女には同棲している彼氏がいたので、そろそろプロポーズされるのではないかという気持ちから早まってしまったのだ。

次の言葉を待とうと黙っていると「入籍なのかと言われたら、そうかもしれないけど...」と椿は曖昧な返事をしつつ、苦笑いを浮かべた。どうやら彼氏が転勤になるかもしれないとのことで、それに付いてきて欲しいと言われたらしい。

「場所はどこになるの?」「それがなんと、北海道!」「北海道!?」

なかなかの遠い距離。仕事帰りに飲みに行ったり、前日に遊びに誘ったりと、今まで簡単にできていたことは難しくなる。しかも2年間。期間が決まっているとはいえ、しばらく気軽に会えなくなると思うと、寂しかった。


食事を済ませて店を出てから、いつも行く公園を散歩した。椿は勤めている会社を辞めて、フリーランスとして頑張ることに決めたらしい。結婚式のこと、子どものこと、次から次へと膨らんでいく将来に向けた話を聞いて、わたしは正直戸惑いを隠せなかった。人生の転機はいつどこで訪れるかわからないものだと、強く感じた。

そして、相変わらずなんとなく毎日を生きていたわたしとは正反対に、目標を見つけて進んでいく椿に、嫉妬した。彼女に「おめでとう」の一言を伝えられなかった。この期に及んでも、素直になれない。乾いた土の上を、俯きながら歩いた。その日は最後まで、椿の顔を真っ直ぐに見て話すことができなかったーー。

ーー家に帰り天井を見上げて、冷静になる。このままではダメだと、急いでLINEを開く。「動揺してて気持ちを伝えきれなかったけど、おめでとう!」と送った。すぐに「私も実感ないや、ありがとう!」と返事がきた。まだ、心の底から祝うことはできない。次会えたときに言えるようになっていよう。それまでにわたしも、何かを頑張れる人になる。そう、決意した。

また会う日まで

椿から婚約と引っ越しの話を聞いてから、2ヶ月経ったある日。いつものようにご飯を食べに行くことになった。彼女が選んでくれた店に向かいながら、会わなかった期間のことを思い返す。本当は何度か遊びに誘われていたが、理由をつけて断っていた。椿のように、未来のことを堂々と胸を張って話せる自信がなかったからだ。でも、引っ越しまでのカウントダウンは始まっている。自分の意地のせいで、彼女に会えないまま旅立たれてしまうのは嫌だった。

待ち合わせ場所に行くと、椿は先に席に座ってわたしを待っていた。

「ごめん!ちょっと遅れて」「全然!場所複雑だよねここ」

そう言って軽く振り上げた手を見て、すぐに気付いた。薬指に結婚指輪が光っていた。それを見たとき、なぜかほっとした自分がいた。友達が幸せになるのは、こんなにも嬉しいことなのか。自分のことばかり考えて悩んでいたことが、途端に情けなく思えた。

「はい!これ引っ越し祝いとして受け取って」

わたしは、持ってきた紙袋を椿に渡した。本当は結婚祝いとしてあげても良かったのだけど、用意した物は似合わなかったからだ。また今度、別のものを選ぼう。旦那さんと二人で使える何か、彼女が新しい仕事に必要な何か、改めて送ることにしよう。そう心に決めた。


「じゃあ、またね!」
「うん!プレゼントありがとう」

また近々会えるかのような軽い挨拶を交わし、わたしたちは反対のホームに向かった。不思議と寂しくはなかった。

帰り道、電車に乗りながら椿との思い出を振り返る。5年生のときだっただろうか。合唱祭で「赤い屋根の家」という曲を歌ったことを思い出した。椿と一緒にアルトパートを担当した気がする。わたしたちはあの曲が結構好きだった。それだけは確かに覚えている。

改めてどんな曲だったか聴きたくなり、携帯で検索した。合唱練習の動画を見つけ、ダウンロードする。イヤホンから、懐かしいイントロのメロディが流れ始めた。

電車のまどから 見える赤いやねは 
小さいころぼくが 住んでたあの家
庭にうめた柿の種 大きくなったかな 
クレヨンの落書きは まだ かべにあるかな
今はどんな人が 住んでるあの家

背のびして見ても ある日 赤いやねは 
かくれてしまったよ ビルの裏側に 
いつかいつか ぼくだって 大人になるけど 
ひみつだった近道 原っぱはあるかな 
ずっと心の中 赤いやねの家

とてもシンプルな歌詞だと思った。何だか切ないような、くすぐったいような気持ちにさせられる。ふと窓の外に目をやった。そこには高い建物が並び、たくさんの人が行き交う都会の様子があった。わたしたちが出会った、田んぼだらけの景色とは違う。でも、椿ともう一度巡り会えた、思い入れのある土地だ。

もしかしたら、また違う場所で学生時代のように無邪気に笑い合っているかもしれない。そのときは、ちゃんと聞こう。「喧嘩しない?」と言ってきた椿の本当の気持ち。きっとその頃には、わたしも今より大人になっていて、怖がらずに真っ直ぐ受け止められるはずだ。

わたしはイヤホンを付け直し、再び思い出の曲を流そうと再生ボタンを押したーー。

ーー終わり。


あとがき

「幼なじみが結婚する」を読んでいただき、ありがとうございました。思いのほか長くなってしまったため、3回に分けて投稿しています。わたしの幼なじみが結婚すると知ったときに、感じたことを残したいという思いから綴りました。子どもの頃の後悔から、大人になってからの不器用さまで、包み隠さず書いています。文字にすることで、色々と整理することができ、なんだかほっとした気持ちになりました。

彼女はとても真面目で、優しくて、少し引っ込み思案で、でも芯のある強い人です。これから先、困難なこともあると思うけど、彼女らしく真っ直ぐ前を向いて頑張ってほしいと願っています。

結婚おめでとう。素敵な人に出会えてよかった。どうかお幸せに。


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