わたしは母に頼りすぎていた
おはようございます、mukuです。
今回は少しわたしのこころのおはなしをさせてください。
昨日仕事に対する考え方の違いから母と衝突しました。その時はわたしが折れるかたちになり、そして結局はそれで良かったんですけどね。
考え方が違うね、と。
そういうことで話がまとまったんですよね。
わたし、それからじっくり考えたんです。
わたしのこと。母のこと。わたしと母の関係のこと。
HSPなわたしは、他人の感情に非常に敏感です。おまけに自分に自信がない。そんなわたしは、母に認めてもらえる安心感と引き換えに自分を殺してきた部分がありました。でもそれは、判断や価値観まで任せようとするラクで苦しい生き方でした。
母が世界の全てだと思ってた。
母と意見が合わなければ終わりなんだと思ってた。
見捨てられたらお先は真っ暗なんだって。
でも、ほんとはそんなことなかった。
わたしの世界の中心はわたし。
期待に応えられなくていい。
違うと思ったら違うと言っていい。
わたしは「わたし」なんだ。
わたしの考え方は、わたしの感じ方は、わたしだけのものなんだ。
誰かのコピーになんてなれないし、なろうとしなくていい。
目が覚めるほどに自由で、広々とした青空がどこまでも広がるような感覚でした。窮屈な服を脱いで、着たい服に着替えたような、そんなすっきりとした気分でした。
それと同時に、わたしは自分を恥じました。気づいてしまったからです。
わたしは母に頼りすぎている。
そう、親離れできていなかったんです。覚悟しなければならない、と思いました。
自分の足で歩く時が来たんだ。
自分の羽で羽ばたく時が来たんだ。
遅すぎる気づきでしたが、ひとよりのんびりしているわたしにはきっといまがそのときだったんでしょう。転換期がきていると、ひしひしと感じます。
自分で決めるということは、自分で責任をもつこと。
自分の意見を言うということは、他人から意見を言われるということ。
期待に応えられずがっかりされたって、違うと言われたって、「わたし」でいられる勇気をもつということ。
正直、不安はあります。少し怖いです。
それでも、わたしがわたしらしく生きていくには必要なことです。
覚悟を決めよう、と思いました。
それと同時に、母への感謝の気持ちも再認識しました。
なかなか自立できないにも関わらず、見捨てずにいてくれること。変わり始めているわたしを応援してくれていること。なにより、ここまでずっと育ててくれたこと。
ありがとう。お母さん、ありがとう。
伝えたら怪訝な顔をされましたが、わたしにとっては1番伝えたいことで、とても大事なことでした。
ありがとうの気持ちを忘れずにいたら、先の見えない道行でも、きっと少しづつひとりで前に進んでいける。そう思いました。
これを読んでくれているあなたが、同じようなことで悩んでいるとしたら。一人じゃないよと伝えたい。同じように悩み、あがいているわたしがいます。
これを読んでくれているあなたが、とっくに自立したひとだったら。どうか、これから歩き出すわたしや同じような人を応援してあげてください。
とっても恥ずかしくて、とっても情けないけれど、わたしのいまの素直な気持ちをここに綴りました。
間違えることもあると思います。失敗することもあると思います。
転んだっていいから、這いつくばってでもいいから、少しずつ歩こう。
その先にきっと、なりたかった自分が待っていてくれるから。
いまはそう思っています。
読んでくださってありがとうございました!
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