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男尊女卑、あるいはフェミニズム的ななにかについて

おはようございます、かなこです。

「チコちゃんに叱られる」というNHKの番組が好きでよく見ています。

転職してから朝早くに家を出るようになったため、朝ドラを見なくなりましたが、土曜日の朝は朝食を食べながらテレビを見ていると朝ドラから「チコちゃん」へと流れ的に見ていることが多いです。

「チコちゃんに叱られる」の進行役である岡村隆史さんが少し前に別のラジオ番組で大変な失言をしたそうでTwitterでも大炎上していました。

岡村さんは小さくておとなしいイメージがあるからか、女性に対しても紳士的なのではないかと、わたしを含む視聴者としては勝手な思い込みがあったのかもしれませんが、実は彼の中に根深く浸透している「男尊女卑」の変形版「女性は男性を喜ばせるために存在するもの」というような「偏見」という言葉では軽すぎる思考パターンがあったようです。

ポロっと口からこぼれ出た言葉の中に、その人の本質的なものの考え方やマインドが出てしまうものだと常々思っているのですが、岡村さんもそれで大失敗してしまったのだと思います。

本当に「口は禍の元」です。

彼のような女性を一人の人間としてリスペクトしていない(口ではそうしているというけれど)男性はまだまだ世の中にごまんといます。

女なんか社会でたいして役に立てない。男に食わせてもらってる「分際で」偉そうにものを言うな。そんな風潮をまだまだ感じます。

そんな世の中に物申し、風穴を開けてきた「フェミニスト」と呼ばれる活動家たち。女性の人権を男性のそれと同じものとして認め、男性に認められているのと同じ権利を女性にも与えて欲しいと訴えてきました。

その活動が功を奏して、「ややまし」になってきたとはいうもののまだまだなんだなあということを例の一件からも垣間見ることになったことで、社会運動が人の考え方を変えることの難しさを感じたのでした。

その頼みの綱であるフェミニズムも、時代と共に当初の目的や理念から大きくかけ離れていまや形骸化し「フェミニズム」とは「男性蔑視」あるいは「男性嫌悪」ともいうべきものの代名詞のようになってしまったのは残念だなあと思います。

せめて自分の子どもたちにはどちらの極端にも流されないように、男性も女性もお互いに認め合い補完しあって生きていくことを教えたいなと思いながら今日も「チコちゃん」を見ています。


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