見出し画像

忘れないで

春の匂いがした。散らばる桜の隙間から派手なビルがちらちら見える。穏やかな毎日が続いて、わたしは焦った。
悲しくはない。寂しくもない。ただなんとなく、なんとなく、自分の中にあるなにかをわたしに気づかれないようにしているみたいだ。
目を逸らす自分に問う。きみは一体なにに怯えているの?もう大丈夫って、言ってたじゃないか。大事に大事に握りしめていたはずの心は、強く握りすぎて萎んでしまったんだ。

自分の器から溢れることがない感情を、疑う。本当に嬉しいの?本当に好きなの?器から溢れないほどの感情は取るに足らないの?
そんなわけがない。溢れない感情だって、本当で、本気で、正真正銘わたしの気持ちだったはずだ。
すぐに消えてしまうような小さな気持ちも、目を凝らさないと見えないわずかな光も、記憶に刻み込まれなかった微かな思いだって、ちゃんと本物だった。
頭がおかしくならない程度の好きなんか要らない。なんてほざいてた頃のわたしはもういない。いないよ。

あの子を思い出して無理やり泣いてしまった。最悪。約束はしなくていい。その言葉に全てが詰まっていただろ。
自分の逃げ道を。免罪符を、常に置いておくくせに。 

肩の力を抜いて生きているあの子を見て思う。あるがままの姿で生きているあの子を見て、それに倣う。

ーーー

綺麗なだけの姿を見ていたときよりその中にある黒いものや汚いものが見えたときの方が、力強く生きている姿だけを見ていたときよりその中にある弱さが見えたときの方が、完璧とは違ったとしても、愛おしさが何倍にも増して抱きしめずにはいられなくなる。
わたしはあなたの持つ不安も辛さも絶望も引き受けてあげることはできない。救おうとすることや、導こうとすることは傲慢だとさえ思う。
わたしができることといえば、せいぜいあなたを丸ごと抱きとめて一緒に迷って一緒に考えて一緒に頭を悩ませることくらいだ。わかりきることができなくても、わかろうとし続けることだけ。
だけど、だからこそ、何度でも、何度だって、話をしよう。夜が明けるまで一緒にいるから。
愛情に溢れた人、どうかその優しさのまま、その愛情深さをもったまま、愛や優しさに包まれて生きていて。
どうか、どうか。

ある友人は、誰かにとってのおばあちゃんみたいな人になりたいと言っていた。そんな優しくていつもあたたかく包み込んでくれる友人が大事な人と感情的になってたくさんぶつかり合ったと話してくれた。
もしかしたら友人が思う理想の自分とは違った姿を、大事な人に見せることができていて、わたしはそれがなんだかすごく、すごく嬉しかった。
あなたにそんな誰かがいて、よかった。本当によかった。

大事な人に大丈夫じゃないと言えるのは、大事な人の前で泣けるのは、信頼があるから。それができるのはすごく大切なことだと前に教えてもらった。
大事な人にこそ、甘えなさい。きみになにも求めてないから、期待に応えられなくたって、なにもあげられなくたって、理想でい続けられなくたって、何を今更。そんなに優秀な人間じゃないんだから。大事な人に甘える勇気を持ちなさい。と。

ーーー

半年ぶりの東京は桜が咲いていた。
ああやっぱり、わたしの友人はわたしの中に風を送ってくれる。少しずつ澱んでいったわたしの中を換気して新しい空気を運んでくれた。
そして今回もまた、色んな人に出会って、出会い直して、知り合った。それがすごく嬉しくて、楽しかった。
誘ってくれて嬉しかったって、最近人と会ってないけど今日は会いに来たよって、また誘ってねって、あなたと一緒に行きたい場所があるって、嬉しかった。
わたしはドリカムの美和ちゃんみたいになりたいんだと話した。何歳になっても雰囲気や仕草や喋り方が本当にかわいくて、そんなダダ漏れのかわいさはきっと今までたくさん赦されて愛されてきたからなんだろうとわたしは思う。そしてその受けてきた愛情を独り占めにするのではなく、また人を愛するエネルギーとなって外にあふれ出している。そんな風に、わたしも生きていきたい。
そう話すわたしに「もうなってるよ、少なくともわたしたちにとっては」と言ってくれた。嬉しくてわたしは、この人たちの誇れるわたしでいたいと心から思った。
そんな風に思わせてくれる人たちがいて、だからわたしは、こんな風に生きていられるから。

そして、今回はホテルではなく友人の家に泊まらせてもらった。これはわたしの勇気。
友人は、眠れないわたしと朝までおしゃべりをしてくれて、わたしが目を覚ますたびに友人は起きていて、夜中にお腹空いたと言うわたしに温かい飲み物と食べ物を用意してくれて、毎日起こしてくれて、終電の心配をしてタクシーを手配してくれて、寝る前に一緒に映画を観たりして、すごく安心して満たされて、だから、そんな日々だったから、京都に帰ってきてからの夜がすごくさみしい。
さみしくてさみしくて、夜が孤独で長いことを思い出した。
昼間にかけたアラームでは起きられなくて、父親にうるさいと怒られた。アラームを切って二度寝して結局夕方。
わたしの存在を忘れてほしくなくて、日常にはなれなくてもたまに思い出してほしくて、見ていてほしくて、距離を、時間を、塗り潰すようにストーリーを更新した。

ーーー

ああもうわたしたちはちゃんと選んでいかなきゃいけないんだね。自分は一番なにが欲しくて、なにを守りたくて、なにを大事にしているのか。どういう人間になって、どんな場所で、どう生きたいのか。
先のことなんてわからなくていい。
どうせわたし、この頑固さもこの真面目さも変えられないから。どうせわたし、このわたしで生きていかなきゃいけないの。
だからこの世界で、この人生で、できるだけ色んな種類の蜜を吸い、できる限り遊び尽くすために。
この世界で、この人生で、できるだけの愛を知って、持てる限りの愛情を注ぐために。
この世界には人生でやり尽くせないほど楽しいことや面白いものがあるから。一緒に見に行こう。

もう約束はしなくていいよ。でもまた、会いに行くからね。だから忘れないで。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?