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夜のドアの先の

見つけたのは、車の中からだった。

4月、新しい環境で新しい上司と、なんとなく気詰まりな車の中から。
お花屋さんなのだろうか、それとも花屋という名前を冠した他の何とか屋さんなのだろうか。
不思議と目についたそのお店のドアを開けたのは、新しい日常に少しだけ慣れた、4月末。


ドアを開けた先の店内には誰もいなくて。
小さなギャラリーのような空間に、作品みたいに花が並んでいた。
やっぱり花屋さんだった、と思いながら勝手に見て回っていると、奥から店主の方が現れたのを憶えている。

そういえば、知らない人の方が話しやすいことって、実は結構ある気がする。
その最初にドアを開けた日から、私はくだらない、そして知り合いに話すには気恥ずかしい事をその店主さんに喋っている。
今読んでいる本のこと、花をすぐ枯らしてしまうこと。魔法使いハウルはヒヤシンスの匂いがすると急に思い出してヒヤシンスを探し回ったこと。

ハウルの話から店主さんとジブリについて。
耳をすませば、の地球屋みたいな場所を作りたくてお店を持ったこと。
ちょうど私が誰もいないお店に入ったみたいに。そういう場所を、作りたかったこと。
それから、お店は夜、ということ。


夜に開いている花屋さんというと、繁華街の煌々と照らされた夜を思い出す。酔っ払った大人たちに、お土産にどうぞと並んだミニブーケ、お誕生日用の風船付き花籠、キャバクラとかに置かれそうな胡蝶蘭。眠らない夜、眠らない場所、外は真っ暗でも中は真昼のお花屋さん。

彼の作った夜はきっと、それとは少し違う。眠りへと繋がる1日の終わりにふらっと寄るような。
きっと夜の匂い。


なんだか不思議な時間と一緒に花を持ち帰る、そんな日が月に1、2回。お店に花、花、花。
花を選ぶのって時間がかかる、愛おしいね。

毎回、お昼と夜の隙間にお邪魔しちゃうけれど。
いつでも出迎えてくれる挨拶はこんばんは、なので。
夜の名前のドアを、今度は夕闇の中で見つけてみたい。




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