田舎の夜

洗濯をして、夕飯を食べて、窓際のソファに座って空を眺めていた。星が見える。天気が良い。窓から入る風は、ついこの間までと比べていくぶん涼しく、乾いていた。今年もようやく夏が終わるのだろう。毎年のことながら、それは嬉しいことでもあり、嘆かわしいことでもあった。時の経過とはそういうものだろう。しかし冬の終わりには似た気分にはならない。年度というシステムの影響だろう。つまり、ここが日本でなければ、冬の終わりと対峙する時の心のありようも違ったものになる可能性がある。新年の迎え方が、国によって大きく異なるように。

庭先に停めた車に近づくと、暗闇の中で、微かな違和感を覚えた。その0.1秒後には違和感の正体は判明する。それは猫だった。ボンネットの上、横になったワイパーに沿って猫が寝ている。私は「え、お前どうしたの?」とうっかり口に出してしまった。しかしそれも、知り合いだから許されるだろう。この丸々と太った三毛猫は数年以上にわたってこの一帯を「シマ」にしている、いわばボスである。ただ、ボスのルートにはこれまできっちりと定まった動線があった。その動線から外れることをボスは嫌う。無論、私の車は、その動線からやや外れた位置に駐車してあった。

「は?」とでも言いたそうな顔をして、ボスがこちらの顔を確認した。暗闇で目が合う。ボスはすぐには動かなかったが、はあ、と私が溜息をつくのを聞いて、ようやくどこかへと飛び去っていった。どうせ向かいの家の別の車の下へと向かったのだろう。ずいぶんと前からボスがそこを贔屓にしているのを、私は知っていた。

平日夜の国道を流れる車列の中に右折して滑り込むと、北へと向かった。この街の北側は山になっていて、途中から車道は傾斜して、それを上っていくことになる。その辺りから交通量は減る。信号に引っかかった。前の車との間隔は詰めない。ごく稀に、ブレーキペダルから足を外す際に傾斜に負けてバックしてくる車がいるからだ。それで擦ったらどちらの過失になるのだろう。いくら車間距離を詰めていたとしても、やはり前の車になるのだろうか。

麓と中腹の中間地点あたりで、狭い山道を北へ抜ける。上りきった先の一時停止を右折して少し行くと、そこからしばらく、右手に120度くらいに開けた市街地の夜景が見える。法定速度まで落として、ゆっくりと流す。夜景が途切れ、また少し行くと、コンビニがある。田舎のコンビニだ。駐車場が異様に広い。デニーズが一軒建つのではないかと思うほど広い。それこそが田舎のコンビニの条件だ。

車を適当に停めて(ここはボスのシマではない)、タンブラーを持って、広い駐車場の端へ。淹れてきたばかりのコーヒーがまだ熱い。柵付近で立ち止まると、煙草を取り出した。眼前には先ほどと同じ夜景が見える。この広い駐車場で唯一、この場所だけが120度の夜景を遮蔽物なく眺めることのできる場所だった。しばらくして、吸い殻を灰皿に捨てると、車に戻った。フロントガラスがコンビニの明かりに照らされている。そこにはしっかりと、猫独特の、あの間抜けな足跡があった。

(追記)デニーズ程度ならどう考えても一軒建つだろう。もはや二軒建つ。

#エッセイ #猫 #車 #秋 #デニーズ

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