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創作大賞「ドラゴン・シード」#18

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

18話

 それからケイトとジンは、カーラから預かった鍵で老魔術師の家の中の様子を見て回った。古びた家具はどれも埃除けの布が掛けられていたが、殆ど人が住んでいた時のままになっている。老魔術師が死んだのは一年ほど前だということだったので、空き家になってからまだそれほど経っていないはずだが、人が住まなくなると、家は途端に荒んでゆく。カーラがマメに空気を入れ替えているにもかかわらず、荒廃の気配はすでに濃厚に漂っていた。  古い農家は陰鬱な石造りの頑丈な二階建てで、地下室を含めれば結構な部屋数がある。食堂も兼ねた広いリビングには立派なグランドピアノやギターなどの楽器がいくつか置かれていて、ここで子どもたちに合った魔法の練習をしていたのだろう。二階にはベッドが二台押し込まれている子ども部屋がいくつかあった。おそらく二人一部屋だったのだ。
 部屋のドアプレートに、小さなガラス玉やビーズで飾られたかわいらしい名札があって、それに『F&L』という文字が貼り付けられていたので、ここがフレーネとリゼの部屋だったのかもしれない。この女の子らしい熱心さで飾り付けられたネームプレートは、この家の陰鬱な雰囲気になんとか抵抗しているように見えた。
 中に入ってみる。目立つ家具はベッド以外に、並んで窓側を向いている傷だらけの学習机だけで、くたびれた分厚い魔法全書が一冊残されていた。
 引き出しやタンスの中に、何かフレーネの行き先の手掛かりになるようなものがないかと探してみたが、めぼしいものは何もない。五線譜のノートの切れ端と、鉛筆が一本出てきただけだった。
 一階の奥の突き当りが書斎。その隣が老魔術師の部屋だったのだろう。そこは十分な広さと重々しい家具が残され、キングサイズのでかいベッドには、大げさな天蓋がついていた。この部屋には老師の私物が生前のまま残されている。死者を悼んで残されたというより、誰も老師のものに触れたがらなかったという方が正しいのかもしれない。カーラの話を聞いた後だけに余計にそう思う。ケイトは部屋をぐるっと一目見ただけで、逃げるように部屋から出てしまった。
 仕方がないのでジンが一人で中を調べたが、クローゼットの隠し棚から児童ポルノと禍々しいアダルトグッズがごっそりが出てきたのを見るに至って、こいつは死んで当然のクズだと思った。
「ジン!」
 二階からケイトの呼ぶ声がして、再びフレーネとリゼの部屋に行くと、ケイトが小さな日記を手にしていた。
「フレーネの?」
「いや、リゼだ。机の引き出しが二重底になっててそこに隠してあった」
「へえ、なんかそういうのも女の子って感じだな」
「ジン」
「ん?」
 ジンがパラパラと日記をめくる。
「日記は、リゼが老師の子を妊娠してたことに気づいた翌日から白紙だ」
 ジンの手が止まった。
「……そうか」
「白紙のページの後に、フレーネの書き込みがあるんだ」
「え……」
 ジンがページをパラパラとめくってゆくと、白紙のページの後に唐突に始まっている書き込みがあった。筆跡が違うので、これがおそらくフレーネの書き込みなのだろう。
「……この家は胸糞が悪い」
 ケイトが窓の外を見ながら言った。

 最後にフレーネが現在ひとり暮らししている下宿屋に足を運んだ。カーラに住所を聞いていたのだ。
「ジン……」
「うん」
「ここは下宿屋っていうより……」
「娼館だな……」
 開いた部屋のドアから、しどけない身なりの女が客を送り出しているところだった。女はケイトとジンに気づくと、さっそく色目を使ってくる。結構な年増だ。
「あらそこのお兄さん、その赤毛ちゃんに飽きたらあたしでどう? サービスするわよ?」
「遠慮しておくよ。それより、ここに住んでるフレーネという女の子の行き先を知らないか?」
「しばらく見てないわ。それに、フレーネはお客は取らないわよ?」
「そうじゃないんだ。彼女に用があってきた」
 ケイトが言うと、女は一階に住む大家に聞くといいと言って、あくびしながら部屋に引っ込んでしまった。
 大家兼娼館オーナーの老婆によると、この娼館自体、すでに半分以上を下宿屋にしているそうだ。町の衰退とともに商売も難しくなり、女たちのほとんどがすでに都会のセクターに流れているという。
「フレーネの部屋は、元はあの子の母親が使ってた部屋さ。そこで客を取ってたんだ。死んだのもそこ。あの子はせっかく魔術士になってこことおさらばしたってのにさ、なんで戻ってきちまったのかねえ。やっぱ母親が恋しいのかね」
「部屋の中を見せてもらうことはできませんか?」
 ケイトが言うと、老婆はあっさりスペアキーを貸してくれた。
「セントラルの捜査官バッジ持ってるイケメンには逆らえないさ。面倒ごとはごめんだけどね。でも、あの子は部屋を仕事場として使ってたみたいだよ。あの魔法道具やなんかを作るためのさ」
「そうですか……」
 娼館の一室を簡単に模様替えしただけのフレーネの部屋は、老婆の言った通りほぼ仕事部屋だった。
 道具屋に置くための魔法薬を調合したり、様々なアイテムを作っていたらしい。モリソンほどの腕前はないが、ビーズを繋げたアクセサリーや髪留めといった、若い女の子が好みそうな、安価で華やかなアイテムが狭い部屋にたくさん揃っていた。
「おお、サシャの部屋にあったようなものが大量に……」
「確かに……」
 二人はそういって目を細めた。
「見ろジンこれ。こんなキラキラした派手なピアスなんかつけてたら、真っ先に亜種の目を引くと思わないか?」
「そんなこと考える必要もない女の子がこれをつけるんじゃないか?」
「あぁ、なるほど……」
 細々したものに何気なく手を触れながら、ケイトはこの部屋に、フレーネの生活感がほとんどないことに気づいた。
「……ジン、フレーネはここで暮らしてないと思う」
「なんで? 小さいがベッドも置いてあるしバスルームもあるし……」
「使い古しがない」
「え?」
「確かにここは、女の子らしい可愛いアイテムで溢れかえってるけど、多分これ全部商品なんだ。フレーネはこれを自分の身に着けて飾ろうと思ってない。だから鏡がないし、仕事の道具以外、どこにも使い古されたものがない」
「……なるほど。言われてみれば確かにそうだな」
「うん。使いかけの化粧水やブラシや、少し擦り切れた髪留めとか、外してそのまま放置してしまったアクセサリーとかそんなようなものが……」
「うん、昔のおまえの家には、サシャのそんなものがたくさんあったな。おまえのは脱ぎっぱなしの靴下だったけど」
「うるさいな。私はこういうのは似合わないの」
「そうか? イヴの見立てたドレスやアクセサリーはよく似合ってた」
「ま、まぁとにかく、だからきっと、フレーネはどこかにちゃんと使いかけの化粧水や、鏡が置いてある部屋を持っているはずだ」
「どこに?」
「やっぱり、龍涎香の隠し場所じゃないかな? 秘密の隠れ家があるんだきっと。ジンのコテージみたいな」
 ジンがハッと何かを思いついたように顔を上げた。
「……そうか、チューブだ。フレーネしか知らないチューブがあるんだ!」
「それだ!」
 ケイトが声を上げた。
 ジンがモバイルの画像を壁に投影した。たちまちこの町の地図が広がる。地図上には登録されているチューブの場所が青と赤の光点で示されている。
「当然認可された登録チューブであるはずがない」
 ジンが言った。
「無許可でもないだろ? 許可が出ないのは安全ではないからで、逆にすでに調査済みだ……」
 赤丸は無認可だ。
「そうだな。つまりはまだ誰にも知られていないチューブってことだ」
「ジン、チューブができるところに何か法則はないのか?」
「ない。デタラメだ」
「じゃあ、地図を見ていても無意味じゃないか……」
「うーん、町中隈なく当てもなく探るのも現実的じゃないしな……」
 ジンがベッドに腰かけて、リゼの日記の後半をぱらぱらと読み始めた。秘密の手掛かりになるようなフレーネの書き込みがないかと思ったのだ。
 ケイトは腕を組みながら、窓の外を何気なく見た。
 板で塞がれた枯れた古井戸が見える。
 ――母が働いていた娼館の裏に井戸があって、辛い時はよくそこに行きました。そこにいれば何もかも忘れられたんです……。
 不意にフレーネのそんな言葉が蘇ってきた。
 井戸のそばが安らぎの場所だなんて、人それぞれだなとその時は思った。 「ジン‼」
「な、なんだよ」
 ジンが読んでいた日記から顔を上げた。
「行くぞ!」
「え?」
 ジンが日記と上着を掴んだときには、ケイトは剣を掴んですでに部屋を飛び出していた。

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