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魔女のためらい、あるいは先日のとむらい(小説の始まり、もしくは短編小説)

こたつの上で水晶が優しく浮かんでいた。私のためにピンク色になり、どこへも行こうとしなかった。こたつの冷たい面とその水晶の間に先生の言葉が固まっていった。
ちゃんとした榎から作られたテーブルではなくても、安っぽいこたつでも別に問題なしと囁いた。お金が貯まらないのは私のせいではないし、きっと料理用のまな板でも行けたしと、固化が乱れる恐れを抑えんがら私を安心させた。が、自分に安心感を与えながら先生の言葉を同時に見守ることはこの身体がいつまで耐えられるだろう。前の言葉よりも心臓の動悸の方が気になっている。
ピンク色ピンク色、そう言ってみる。水晶は素直に変色せず、輝く時が来たとわかる。こたつを温めなくてもいい、ずいぶん暖かいし、逆に汗をかきそう嫌だもう。頭が首から離れそう。先生の言葉が揺れる。隣の部屋でヴァイオリンの音が聞こえてくる。言葉の揺らぎが壁にぶつかってしまいそうなので親指と人差し指をもっと強く摩る。言葉がこの部屋を出ては行けない。ヴァイオリンの音とぶつかったら困る。汗の匂いはまだしない。


水晶勤勉なお陰で先生の言葉が固化し終わる。肩はまだ柔がないが渇いた目は一瞬の瞬きで潤う。頬も私もが涙を待っていた。ようやく、真野先生の言葉を私のものにした。体も精神も燃やされた真野先生の残っているものは、書いたものを除けばこたつに落ちたばかりの、緑色をとった鉱石だ。つまり先生の明るかった言葉。
ヴァイオリンの音はまだ絶していない。薬指を優しく振り回して猫の頭骨が本棚から私の左手へ飛んでくる。唾を飲み込む。自分の凝った右手で緑色の鉱石の重さを確かめる。さすが、真野先生ならではの軽々しい言葉たち。
少しくすぐったい。死んだのにも関わらず、真野先生はいまだに私の体を握ろうとしている。吐き気が訪れる。喉から枯れ葉のような掠れた音が湧いてくる。しかし嘔吐物ではない。埃と古い空気だけだった。この混ざりが私の唇と裂け、水晶へ向かう。けれど水晶は素直で賢い物だ。私の視線で速やかに動き出し、部屋の隅に隠れる。
この埃と空気の混ざった、薄い翼をもつ子蛇のようなものは真野先生が私の体にいつの間にかに入れただろう。私はこの数ヶ月、他の人とそこまで接していない。
子蛇を殺す。それは簡易な作業だと思いたくて座ったままでカーテンを開けた。月光が子蛇をわずかにほぐれた。水晶は赤くなるにつれて、まだ完全に子蛇ではなかったそれの中から炎に食われていった。やはり簡易な作業だった。真野先生の腕を思い出したくないのに腕と空気で泳いていた言葉を回想しながら子蛇の死、もしかして先生の二度目の死を見つめた。
気づいたら鉱石はすでに猫の頭骨の中にあった。月光は私の結晶しかけていた涙を舐めた。

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