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小説ですわよ第2部ですわよ3-5

※↑の続きです。

 バニラ求人カーとMMは、両者共に100km/hまで一瞬で急加速。我が国が誇る二大スケベカーのデッドヒートが幕を上げた――かに思えたが、カーナビに綾子から直接着信が入る。
「貴方たち、なにやってるの! もう警察が出動してるわよ」
「……はい」
「すみませ~ん」
 舞とマサヨは顔を見合わせ、小さく舌打ちする。
「聞こえてるわよ。MM、レースは中止」
「ブースト停止、法定速度圏内へ減速します」
 カーナビも残念がっているのか、テンションの低い声で案内する。MMは滑らかに、かつ素早く減速した。先ほどの急加速もそうだが、驚くほど揺れによる衝撃が起こらなかった。
 そんなMMを抜き去って遠のくバニラ求人カー。「バ~ニラバニラ♪」と、あのボイスはボリュームが増していく。舞には勝鬨のように聞こえた。これほどの悔しさは、相撲で負けたとき以外に味わったことがなかった。

 カーナビ画面向こうの綾子が、呆れ声で話す。
「次やったら時給減らすから。公道レースがしたかったら、渋谷でリアルマリオカートでもやりなさい」
「あれって任天堂の許可とってないって本当なんですかね?」
「いいから仕事に集中なさいっ!」
 音割れするほどの怒鳴り声で通話は終了した。耳の奥がキーンと鳴っている。そんな舞を見て、マサヨは肩を揺らして笑っていた。
「マサヨさんだって悪いんですからね!」
「わかってるよ、ごめんごめん」
 気を取り直して、kenshiのいる皮剥市へ急ぐ。南皮剥駅の陸橋を通って駅の反対側へ移り、そのまま線路と並行する道を進む。

 ここで再び、綾子から着信が入る。また怒られるのかと思ったが、どうやら違うようだ。
「そうそう。kenshiっていうか、田代まさしのレアカードはできるだけ皮剥市内で確保して」
 ひとくちに皮剥市と言っても広く、北は腰振こしふり市、西は臭花くさか市、さらに南と南西は京東都の幾区いく阿祖庫勃あそこたち区にそれぞれ隣り合っている。kenshiが向かうのは皮剥市の駅周辺、つまり京東都の幾区方面だ。
「もし京東都まで逃げられたらマズいんですか?」
「私の管轄は珍玉県内まで。探偵社の超法規的活動は、その中でしか認められない。私の魔力も県内までしか及ばない。京東は別の吸血が管理していて厄介なの」
「吸血鬼の縄張り争いみたいなだっけ」
 マサヨが吐き捨てるように言った。
「そういうことで、よろしく」
「はーい」

 着信が切れてから、マサヨに聞いた。
「社長の他にも、吸血鬼っているんですね」
「そりゃあね。返送者は珍玉県だけに現れるわけじゃないもの。日本中、世界中にいて、地区ごとに管轄する吸血鬼がいるって聞いた。綾子以外は顔も見たことないけど」
「吸血鬼同士、仲良く連携すればいいのに」
「そこは人間と同じよ。互いのメンツやプライドが邪魔して、やるべきことを見失うっていうの? 昔は大親分がいて仕切ってたらしいけどねえ。死んじゃったんだって」
「吸血鬼も死ぬんですか!?」
「日光、十字架、ニンニク、聖水をモリモリでぶち込まれたそうよ。今はアーカードだったかな。引きこもりの自称息子が吸血鬼の元締めらしいけど表に出てこないから、吸血鬼たちが好き勝手やってるんだって」
 舞は綾子が吸血鬼ということは知っていたが、実感はなかった。魔力こそ凄いものの、やたらテレビメディアに出たがるし、ちょっとしたことでブチ切れるし、映画や漫画で見た吸血鬼とはまるで違って、小物臭いというか人間臭いからだ。
「綾子と京東の吸血鬼は、特に仲悪いらしいよ。昔、穴川の河川敷で殴りあったらしい。その一件があって、綾子はテレビ進出したくても邪魔されてるんだって。ほら、主要テレビ局って都内にあるから」
 マサヨがケタケタ笑う。舞も笑いたかったが、運転が乱れるので我慢した。

 舞たちは皮剥駅近くのトレーディングカード・ショップへ到着した。看板には『TTS高価買い取り!!』と書かれている。
 時刻は09:53。店のシャッターはまだ下りたままだ。SNSの投稿が正しければ、kenshiはこの店へ『田代まさし&ぬ~ぼ~』のカードを鑑定しに現れることになっている。前方の路肩には、すでにピンキーセプターが停まっていた。
 と、イチコから着信が入る。
「あ、水原さん。そっちも着いたね」
「はい」
「七宝さんに店の辺りを見てもらったけど、まだkenshiは来てないみたい」
「了解。七宝さん、大丈夫そうですかね」
「あ、なんとか~」
「よかった。そっちのハイエースはkenshiにバレてるかもしれないんで、もう少し店から離れたほうがいいかもです。あいつ、なんでか探偵社を認識できるみたいですから」
「ほいほい。了解~」
 ピンキーセプターが移動し、曲がり角に隠れた。
 ほどなくして、ママチャリをチャリチャリと元気よく漕ぐ人物が店の方へ近づいていくる。般若の面に、ボロ布のマント。間違いない、kenshiだ。
「あいつ、予備持ってたんだ。じゃあ返さなくていいかな」
 マサヨのひざ元には、kenshiから奪った仮面とボロ布があった。ほのかに洗剤の匂いがするので、ご丁寧に洗濯してやったのだろう。
 kenshiはママチャリをカードショップの前で止めて降りる。
「誰が確保します?」舞が問う。
「マーシー、お願い。店から近いし強いでしょ」
「はいはい。水原、kenshiが逃げたら、あたしに構わず追って」
「わかりました」
 舞の返事を聞くと同時に、マサヨは仮面とボロ布を持ってカードショップへ近づいていく。舞はMMの窓をわずかにあけ、外の音を拾えるように備えた。

「ねえ、あんた。借りてたの返すよ」
 マサヨがズカズカとkenshiに近づく。
「あっ、お前!」
 マサヨに気づいて逃げ出そうとしたkenshiの足を、マサヨが払って転ばせる。
「ごめんね~っと」
 マサヨは転倒してもがくkenshiの懐を漁り、カードを取り出す。そしてカードを確認してから舞のほうへ掲げてみせる。
「確保したよ。『田代まさし&ぬ~ぼ~』!」
「ナイス、マーシー!」
 イチコが通信越しに歓喜した瞬間――
 同じく通信の向こう側から、耳をつんざく破裂音が何発も連続して響く。
「イチコさん、七宝さん!?」
「ま、まずい、ヤツだ!!」
「イチコさん、イチコさん!」
 返事はない。代わりにピンキーセプターが隠れている曲がり角から、あの機械蜘蛛が現れた。その銃口は、まっすぐカードショップを捉えている。
「マサヨさん、早くMMへ!」
 舞の叫びは爆音でかき消される。機械蜘蛛がカードショップへ発砲し、店が爆発したのだ。その衝撃で、kenshiとマサヨは前方へ投げ出されるように吹き飛ぶ。マサヨの手に握られていたレアカードは、ひらひらと宙を舞った。それを立ち上がったkenshiが掴み、自転車にまたがって逃走する。
「ひ~っ! 過激な転売屋の襲撃だァ!」
 舞はカードより先にマサヨを優先し、MMの助手席側を店に近づける。
「マサヨさん、乗って!」
「それよりカードを!」
「いいから!」
 マサヨはおぼつかない足取りでMMのドアを開け、助手席に乗りこむ。舞はドアが閉まるのを待たず、kenshiが逃げた方向へ車を切り返して追う。
「構うなって言ったじゃん……」
「そんなの無理でしょ!」
 舞は続けてイチコたちに呼びかける。
「イチコさん、七宝さん、無事ですか!」
「め、めちゃくちゃに撃たれたけど……なんとか、ハハッ。できるだけ、すぐに追いかける」
 舞はMMを走らせながらバックミラーを確認する。機械蜘蛛の姿はない。消えてくれたのだろうか。
 しかし機械蜘蛛は期待と裏腹に……いや、予想していた最悪のパターン通りに、MMの前へ立ちはだかった。そしてカメラアイを赤く明滅させながら、予想外の言葉を吐いた。
「アヌス01の裏切り者を見つけたナリ。まとめて消してやるナリよ」
 それは舞が共有ビジョンで聞いた声、そしてマサヨが出会った異世界の相棒の声であった。
「あ、愛助……!?」

つづく。