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小説ですわよ第2部ですわよ3-4

 舞とマサヨが外階段から1階駐車場へ降りると、ピンキーセプターが出発するところだった。イチコが運転席の窓から顔を出す。
「お先に~」
「はい、現場で。七宝さんもファイト!」
 助手席の珊瑚が小さく手を振るので、こちらも同様に返した。ピンキーセプターは滑るように走り出していく。
「さてと、あたしらのMM号は……うわ」
 マサヨの顔は、害虫と遭遇しかたのように歪む。
 理由は聞くまでもない。その改造キャンピングカーは、シェルの側面は大きな窓――マジックミラーになっていて内部は見えない――になっていた。まごうことなき本家MM号である。最悪なのは、本家とは違い全編ショッキングピンクであることだ。
「あれって、なんていうか……ねえ?」
「いやらしすぎません?」
 舞とマサヨは顔を見合わせ、再びため息をついた。

 運転席のドアが開き、銀色のツナギを着た長髪の青年が降りてくる。軍団のシルバーだ。彼は車を含めた機械全般のエキスパートで、MM号の調整をしてくれていたのだろう。
「よお、舞ちゃん、それに元ラッツ&スター。ブチ殺すぞ」
 シルバーが陽気に物騒な挨拶をかけてくる。欠けた前歯が露になった。
「せめてマーシーと呼んでくれない? あんたこそブチ殺すわよ」
 マサヨも言葉とは裏腹に、慣れた様子でシルバーとハイタッチを交わした。
「マジックミラー号、ばっちり調整しといたからよ。シェルには色々武器を積んでおいたから好きに使ってくれや」
「ありがとうございます……やっぱり舞とマサヨでMM号じゃないんですね……」
 舞はホワイトが放り投げた車のキーレスを受け取り、運転席に乗りこんだ。内装はピンキーセプターとさほど変わらないようだ。マサヨが回りこんで助手席に座り、シートベルトを締める。
「いつでもいいわよ」
「了解。あ、その前に」
 舞は窓を開け、シルバーに声をかけた。
「シルバーさん、あのマジックミラーって何か意味あるんですか?」
「おっと、忘れてたぜ。銃弾も魔法も光学兵器も跳ね返せるように社長と改造してあんだ。角度変えられるようにしてあっから、詳しくはカーナビに聞いてくれ」
「わかりました。行ってきます!」
「おう! カスどもをブチ殺してこい!」
「あはは、殺したらダメでしょ」
 舞は苦笑いで、アクセルを踏みこむ。MM号は巨体ながら静かに、ほとんど揺れることなく前進していく。

 事務所の敷地から通りへ出たところで、カーナビがピカピカと発光した。
「舞様、マサヨ様、ようこそ舞&マサヨ号へ。お付き合いの程、お願い申し上げます」
「よろ。あたしはマーシーでいいよ」
「私は水原で」
 言いつつ、呼び方は本当にそれでいいのかと舞は引っかかっていた。事務所に入ったばかりのころは誰にも心を開けず、岸田が「舞様」と呼ぼうとしたのを止めた。それ以来、シルバー以外はみんな苗字呼びだ。今となっては距離を感じるが、かといって「やっぱり名前で呼んでくれ」というのも気恥ずかしい。
 舞は疑問を心の奥へ押しこんで、カーナビに問いかける。
「というか、あなたマジックミラー号なんじゃないの?」
「元はそうでした。しかし老朽化に伴って破棄されたところを、社長にお買い上げいただき、対返送者仕様に改造されて今に致ります」
「そっか。マジックミラーって呼ぶのは気が引けるし、舞&マサヨは長いし……MMエムエムでいい?」
「承知致しました。それではkenshiの位置情報を表示いたします」
 画面に赤い点が浮かび上がる。あの男は、川剥市を抜けて裏筋市に入ろうとしているようだ。
 舞は朝の混雑を避け、裏筋駅周辺から遠回りしつつ目標地点へ向かうことにした。

 MMは、大通りである中出道なかだしどうから一本外れた小道を進む。宿場町だった名残である瓦屋根の古い家屋が、両脇を流れていく。と、それまで最低限の言葉しか口にしなかったマサヨが急に話しかけてきた。
「嫌いになれたら、ラクだったのに」
「えっ?」
「異世界に拉致されて、わけわかんないまま戻ってきて、気がついたら春から冬になってて。イチコの隣には、知らないあんたがいてさ。なのに異世界で見つけた相棒は見つからない。ぶっちゃけ最初はめちゃくちゃイラついた」
「……はい」
 舞からすれば、とばっちりもいいところだが、とりあえず最後まで聞くことにする。
「だから怒りのまま、あんたを嫌いになって追い出してやろうって思ってた」
「……」
「でもさ。そのためには、あんたがイヤなヤツじゃなきゃいけなかった。追い出しても罪悪感が湧かないでしょ? そうじゃないから……ちょっと困ってる」
 マサヨはウェーブのかかった髪をかきあげ、肉食動物のような目を伏せる。舞には、イタズラが見つかって気まずい猫のように思えた。だからだろか、こちらも素直な気持ちを打ち明けることにした。
「私もです」
「あんたも?」
「最初はイチコさんの昔の相棒が帰ってきて、気が気じゃなかったですよ。だからマサヨさんが実はバックレたクズだったらいいなとか、共有した記憶が嘘だったらいいなって願ってました」
「……うん」
「でもそうじゃなくって。だから私、できるだけマサヨさんと仲良くしたいです。慣れ合いじゃなくていい。でも助手席に座るのが私だけじゃなくていい。なんかこう……上手いことバランスとれないかなって」
 赤信号に差しかかり、MMをゆっくり止めてから、舞はおそるおそる隣を見た。マサヨはいつのまにか板ガムを噛みながら、信号を渡る人々を眺めている。
「居場所、すぐなくすタイプでしょ?」
 心臓に尖った氷を突き立てられたようだった。思考が止まり、直感的に反応してしまう。
「へっ!? あ、はい!」
「おんなじ」
「?」
「私も」
「マサヨさんも?」
「……マーシーで……いいけど……」
 マサヨは窓の外に目を向けたまま、たどたどしく話す。
「でも、マーシーといえば田代まさしなんでしょ? マサヨさんはマサヨさんですよ」
「ふふっ」
 マサヨは舞の方に向き直って笑った。噛んでいたミントの香りが漂ってくる。
「やっぱり嫌いになれないや。ていうか、嫌いになっちゃいけないんだと思う。だからさ……」
 マサヨはおずおずと、拳をかためて突き出してくる。
「なんか上手いことやりましょう、お互い」
 舞も拳を握りしめ、重ね合わそうとした。しかし後方からの騒音に邪魔される。
「バーニラ バニラ バーニラ 求人、 バーニラ バニラ 高収入♪ バーニラ バニラ バーニラ 求人、 バーニラ バニラで アルバイト♪」

 デフォルメされた女性のイラストが描かれたトラックが、バカみたいな歌詞の歌を大音量で流しながら横につけてきた。トラックは右折レーンに停めたはずだが、信号が青信号になると右折せず、エンジンを異様に吹かせて直進する。
「あの野郎、ナメやがって……!」
「どっちが頭ピンク色か、教えてやりましょう!」
「頼むわよ、“水原”!」
 やはり苗字呼びかと思ったが、そんなものはどうでもよかった。舞はマサヨと拳を重ね合わせ、アクセル全開でMMを猛追した。カーナビが音を立てて警告をしてくる。
「水原様、マーシー様、ひとつ申し上げたいことがございます」
「なに!? 目標地点には向かってるんだから文句ないでしょ!」
「私は、舞&マサヨ号です。あのトラックとは違います。あの連中のサイトにアクセスしても求人情報がどこにあるのかわかりません。メンズバニラのほうが求人に関して丁寧です」
 舞はアクセルを全開にしながらカーナビのフレームを撫でてやった。マサヨも続く。
「わかってる」
「うん、あんたは違う」
 と、MMのエンジンが一際大きく唸る。
「ありがとうございます。緊急脱出用ブーストをバニラトラック追走のため解放いたします」
「いいぞ!」
「やっちまえ!」
 それから大して時間を置かず、さいたま市警に100km/hオーバーの車両2台が道路を暴走していると通報が入ったのは言うまでもない。