吉原リク

古典作品から創作のヒントを得ることが多いです。 様々な特別な出会いに期待しつつ、 こ…

吉原リク

古典作品から創作のヒントを得ることが多いです。 様々な特別な出会いに期待しつつ、 こちらを頑張る理由にします。

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雲に飛ぶくすり/第1話「風前の灯火」

 菜の花が こっちを見てるよ ほらいまも  白いシャツの袖を捲りあげるとジンは眉間に皺を寄せ、空になったビールジョッキを見つめていた。 「教育実習が終わった男の顔じゃないな。そんな不細工な顔して。またジンの悪い癖がでているぞ」 「……自分の授業は本当に生徒に伝わっていたとは思えなくて」 「実習生にそこまで求めるものかね」  やれやれ、といった表情で吉川晴は追加でビールを注文する。晴は胸ポケットから紙煙草を取り出すとジンに一本差し出した。 「ハイライトじゃ軽すぎ

    • 雲に飛ぶくすり/最終話「雲に飛ぶ薬」

       風に吹かれたカーテンはサラリと揺れた。柔らかな春の光が黒板に差し込み、黄色いチョークで書かれた文字をちょっぴり見えにくくさせた。  東京にある中学校。給食を目前に控えた教室からは先生の解説が聞こえてきた。 「じゃあ四時間目の授業は終わるけど、すぐに給食当番は準備してください。それじゃ号令」  授業者でもあり、このクラスの担任をしている男の先生が号令を促すとちょうど終了のチャイムが鳴り響いた。  生徒たちは慌ただしく教科書を片付け始めた。手を洗いに廊下へ出る者。数人で

      • 雲に飛ぶくすり/第9話「越冬の彼方で聞かせる答え」

         明朝、ジンは東京行きの新幹線をホームで待っていた。プラットホームでは新幹線が横切る度に辻風が吹き荒れ、寒さに耐えるようにフードを被った。  ジンの前には、小さな女の子と上品そうな老夫婦がいた。刻一刻と迫る別れを惜しむかのような会話を交わしているようだった。 「また会いに来るね。じいじ」 「しっかり先生の言うことを聞いて、勉強するんだぞ」  ジンはじいじと呼ばれた老人の優しく微笑む表情を見た。やがて、アナウンスが新幹線の到着を告げた。  車内に乗り込むと、先ほどの女

        • 雲に飛ぶくすり/第8話「ユー・ガット・メール」

           明朝。昨日までの無風で温暖な気候とは裏腹に、どんよりとした上空では雪がちらついた。目が覚めたジンは部屋を整頓し、出立の挨拶をしに三人の暮らす家へと向かった。  譲二が一人で迎えてくれた。アカネの姿は見えない。聞けば、お店の食材を仕入れるために早朝から外出しているとのことだった。 「ところでジン君。この後はどこまで行く気だい?」 「今日はこの後、松島へ行きます。その後は財布と作戦会議をしようかと思いますが、明後日には東京に帰ろうかと思っています」 「そうか……なら近く

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        雲に飛ぶくすり/第1話「風前の灯火」

          雲に飛ぶくすり/第7話「真っ赤なカラスの行く末」

           時刻は過ぎ去り、夕暮れ時の日は辺りを徐々に赤く染めにかかった。  譲二は離れの整頓をしにいくため、この場を少しの間離れることに。ミリもついて行くと駄々をこね始めた。残されたジンとアカネは時間をつぶすため、苺園の周辺を散歩することにした。  ビニールハウスを出て、近くを流れる大きな川沿いの土手を二人は歩いた。平地より一段と高く築いた道路は周りの景色を一望できる。  二人は水中へ続いている階段へ腰をかけた。  潮の満ち引きで陸だった箇所は水に飲み込まれた。目の前の風景は

          雲に飛ぶくすり/第7話「真っ赤なカラスの行く末」

          雲に飛ぶくすり/第6話「色の無い花の温もり」

           次の日。正午の時分にホテルのチェックアウトを済ませたジンは早くも「Yellow Point」へ向かった。昨日まで重厚に感じた入り口の扉に難なく手をかけたが、鍵がかけられていた。チャイムを鳴らすとガチャっと開いた。数時間ごしに二人は再会した。 「あら?ジン君ではありませんか。ここのお店のお酒そんなに美味しかったかしら。すっかりお得意さんだね」 「昨日のライムは刺激が強すぎて、しっかり二日酔いにもなったよ。色んな意味で虜になったかもね。それに大事にしてるこれを渡しそびれたか

          雲に飛ぶくすり/第6話「色の無い花の温もり」

          雲に飛ぶくすり/第5話「ライムの刺激」

             最初こそ固い様子だったジンは旅の開放感とアルコールの作用が化学反応を起こし心地よい感覚に身を任せるようになっていった。  なにより遠方の地において、アカネと「同い年」という共通点を見出した時から引き締まった心と体は緩んでいった。  自分は大学生で国語科の教員を志している。しかし実現可能かわからない。現実逃避のため、東北に足を運んだ。くどいようで相手の時間を奪って申し訳ない、といつもなら話の速力を落とすような自分に関する話題も、アカネはケタケタと顔を綻ばせる。そして彼

          雲に飛ぶくすり/第5話「ライムの刺激」

          雲に飛ぶくすり/第4話「Yellow Point」

           エレベータを出るとジンは後悔の念に駆られた。目の前には『Yellow Point』の看板と重厚な雰囲気の扉。普段だったら絶対に来ないような場所でジンは勇気を出してドアノブに手をかけては離す。そんな動作を繰り返し、頭を抱えた。すると背後のエレベータが動き出し、扉が開いた。 「おやおや?うちのお店に何かご用がありそうで」  女性はジンのことをのぞき込んだ。猫っ毛の細くセミショートの前髪は濡れて束になっていた。透き通った色白の肌が特徴的で、寒かった外から温い屋内に来た温度差か

          雲に飛ぶくすり/第4話「Yellow Point」

          雲に飛ぶくすり/第3話「灰色の花」

          ——岩手県平泉市。  雪が降り始め、ジンはフードを被る。中尊寺を目指して月見坂の急勾配を歩いていた。空気を吸い込むと湿った土の匂いと寒気が鼻腔を刺した。  すでに前日の雪で湿っていたむき出しの土に足をとられないように、ゆっくりと地面を踏みしめながら歩き続ける。  愚直に歩みを進めるジンの目には「金色堂まで五百メートル」と看板が映った。東京にいると雪景色がなかなか見られない。中尊寺をより魅力的に魅せる化粧を神様が施してくれたのだなと、上機嫌で歩いた。  本堂へ到着すると

          雲に飛ぶくすり/第3話「灰色の花」

          雲に飛ぶくすり/第2話「拝啓 嫌いな未来へ」

           厳しい炎天下を乗り越え、爽やかな気候が広がる。大学の喫煙所では授業を終えた学生たちが光に吸い寄せられる虫のように集まってくる。ジンの足下にはすり潰されたピースの吸い殻が落ちていた。  田舎大学の喫煙所は広く、あちらこちらで学生達の会話が聞こえる。授業の感想からお酒の席での男女の猥談。  ジンが四本目の煙草に火を付けるとこちらに向かって晴が小走りで来た。今日は晴が受けた自治体の採用試験の合格発表日だった。  ジンは晴のありさまを見て瞬時悟った。この男は大丈夫。そう確信を

          雲に飛ぶくすり/第2話「拝啓 嫌いな未来へ」