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■13.川を越えていく(8)


「先日の面接の結果のことですが…採用です」
簡潔に用件を伝えてくれた。私は一瞬驚いて、間をあけてから静かな声で
「ありがとうございます」
と答えた。

電話を切ると、ポカンと口をあけてその場に佇んだ。しばらくしてハッとし、現実に引き戻された。

や、やった…。4月から新しい生活が始まる。少し勤務時間が変更したり、通勤時間が増えたりするけど、給与があがる。新しい環境で、新しい仕事を覚えられる。そう思ったら、ワクワクしてきた。一時期、難易度の高いその仕事を自分にできるのだろうか。そんなことを考えて不安になっていた気持ちは、あっさりと姿を消していて、どこかへ行ってしまった。

隣の席にいた水田に
「あ、あ、あの、、決まりました」
と私は言うと
「ええ?本当?良かった」
と我が事のように喜んでもらえた。
「寂しくなるわね…」
水田はそう言うと、私の顔を見つめた。
「水田さんは、どうだったんですか?」
そう私が聞くと
「ええ、もちろん、希望通り」
と答えた。

私や水田だけでなく、この3月末で離職する者、契約更新されなかった者、配置転換となる者など、今春は人事によって多くの人の心が動く年になった。晴れ晴れとした顔もあれば、沈んでいる顔もある。しばらくは、浮かれずに今の仕事の片付けに集中しよう、そう思ったのだった。


週末、空を見上げると真っ青な空が広がっていた。よし、電車に乗って出かけよう。急に思い立ち、最寄り駅から都内へでかけることにした。薄手のコートをハラリと羽織る。お気に入りのシューズを履き、自転車に乗って駅まで向かった。駅に到着するとまもなく電車がホームへ入ってきたので、そのまま乗った。しばらくすると、県境に流れる大きな川があり、電車はガタゴトと川を渡っていく。恋人からプレゼントされたワイヤレスイヤホンを耳に装着し、いつもの洋楽を流す。
「彼、褒めてくれるかな?」
そんなことを呟き、顔を赤らめた。

やっと川を越えた。そう、やっと向こう岸についたのだ。何年かかっただろう。様々な障害に阻まれながら、何度も諦め、何度も引き返したことを思い出す。じっと我慢してきた悔しい思いや辛い出来事が走馬灯のように頭の中を流れていった。

人生を立て直すために挑戦した転職活動。応募した先は100件以上。限界を越えた先に希望があった。やっと掴めたチャンスを今度はまた攻めの姿勢で挑んでいく覚悟を決めた。次は山を登って山頂を目指そう。昨年から始めた資格試験の取得に向け、本格的に勉強するんだ。難易度が高いその国家資格に3年後には合格し、更に高みを目指す。その中で、悪運続きだった自分の人生が拓けて、今までここに生きてきた証が遺せるのではないか、と思っている。

「川を越えた」
車窓を眺めながら、私はそう独り言を言い、新たな目標地点へ向かい始めた。



ただの日記なのにお付き合いいただき、ありがとうございました。多少フィクション入れてあります。盛り上がりもなにもなく、申し訳ありませんでした。そのまま、ハッピーエンドとなりました。

今後も続けるかは未定です。でも、楽しかったです。お読みいただいた方、ありがとう。



前回分はこちらですぅ

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