見出し画像

高校生の「学力崩壊」とは 1

 学力崩壊という言葉は、現場でこれを体験した人間が、その瞬間をあとから共有してできた言葉です。時代で言えば、平成7年から10年頃にかけて、全国の高校で生じていたと考えられます。したがって、学術的な用語ではありません。エビデンスもない「俗説」と言えます。ただ、ここに現代の教育問題の原点を考えるヒントがあると考えています。

学力底辺校で起きたこと

 私はそのころ、田舎の実業高校に勤務していました。
 都会でも田舎でも、高校選択の実態は、学力的な「輪切り」です。
 実業高校には、地域の「受け皿」という実態がありました。私が勤務していた実業高校は、地域で最も入りやすい学校でした。
 高校入試は5教科の試験です。1教科100点、合計500点満点で換算して、合計点が100点を切っても合格できます。その合格者の中には「数学0点」が多数います。ちなみに、数学の問1は、四則演算です。これができない者が教室に存在するということです。
 では、数学0点でどうやって合格するかですが、「国語」で50点以上得点するのです。つまり、5教科の合計点の半分を国語で稼ぐ。これが学力底辺校における合格のための「傾向と対策」。
 しかし、平成7年頃から、高校入試で「国語0点」が出始めました。
 変な話ですが、「数学0点」というのは、勉強苦手なんだなぁという理解ができます。しかし、「国語0点」という現象の理解は難しいです。入試問題が突然難しくなったわけでも、傾向が変わったわけでもありません。この頃、突然変異的に出てきたのです。
 同時に、人口減少が進み、子供の数が減り、高校入試の倍率が1倍を下回るようになっていました。それでも、さすがに、「国語0点」「数学0点」では、高校入学後の学習は難しいだろうという判断もあり、受験者数が定員を下回っていても「不合格者」を出すことがありました。
 しかし、「上の方」から、子供たちに教育の機会を与えるようにという強い指示がありました(それはそのとおりです)。その結果、「全員合格」が原則となりました。そして、高校の教室に、「文字の読み書きとコミュニケーション」「四則演算」に困難を抱える生徒が増えていきます(もちろん、それは本人の責任ではありません)。

進学校でおきたこと

 進学校では、大学受験結果が急落しました。
 ある進学校では、学校創設以来毎年合格者がいた地元国立大学への合格者が0名になりました。受験者数は例年通りですが、全員ダメだったのです。
 地方には、大学受験予備校などが地元にない地域もあります。それでも、「ラジオ講座」「赤ペン先生」、高校受験で通った塾の個別指導、先生の添削指導、学校の授業と参考書・問題集を使った自学自習などで大学に進んでいました。いわゆる、「生徒さん個々に自分で勉強する力(自分のやり方で学習を進める力)」があったのです。言葉を変えると、「いい意味で学校をあてにしない」「学校の先生より生徒の方が賢い」わけです。そんなわけで、先生方も、生徒さんの自主性や主体性を尊重していました。生徒さんも「大学受験の勉強は自分でやるから、それ以上のことを授業でしてほしい」と言い、「大学レベルの演習」を授業で行うこともありました。今風に言うと「探究学習」でしょう。そこから、数学オリンピックに出場したり、小説家としてデビューしたりする生徒さんもいました。
 しかし、平成7年頃から風向きが変わりました。勉強のやり方がわからない、一人では勉強ができない、だからもっと学校で面倒を見てほしいという要望が強くなりました。学校行事や部活動などでも、生徒中心では運営が破綻することが増え、教員が介入せざるを得ない状況が増えました。そして、「受験テクニックを教えてくれる先生が良い先生」「クラスや部活動をひっぱり勝利に導いてくれるのが良い先生」になってきたのです。
 それまでは、「学びや人生の本質を感じる授業」「自主性・主体性を尊重し、生徒のやることに介入しない先生」が評価されていました。その先生方に、「やる気のない先生」「あの先生の授業では大学に入れない」などのレッテルが張られるようになります。そして、そういう先生方が異動の対象となり、進学校から離れました。

当時のことを知る人は少なくなっています

 平成7年と言えば、もう30年近い昔のことです。
 当時現場で、この現象を目の当たりにした教員の多くは、もう退職しているはずです。また、当時の高校生は、現在40歳をこえています。のちに「就職氷河期」と言われる世代ですね。
 そんなわけで、俗説・体験談に過ぎないということもあり、そんな昔のことは誰も知らないということもありで、平成7年から起きたこの現象について言及されることは少ないと思います。
 ただ、現場でこの状況を体験したものとしては、突発的に起きた「学力崩壊」と、突然変異とでもいうべき生徒さん、保護者さんの変化は、大きな謎です。そして、この頃定着した学校5日制も含め、「学力低下論争」「教員の定額使い放題」「義務教育の現場に福祉が求められていること」などの始まりが、平成7年頃からだったような気がするのです。
 令和5年現在、「現代社会の課題解決を教育に求めた結果、教育機関としての学校のキャパシティーが限界をこえてしまっている」「先生の成り手が足りない」という課題が生まれています。課題解決を学校・先生に求めた結果、新たな課題を生んでしまったのですね。個人的には、この課題を「学校・先生に対する過剰な期待と反発」と考えています。そう考えると、言葉は悪いですが、平成7年は、「終わりの始まり」と言えます。
 この項では、「終わりの始まりの時まで遡ること」で、現状の論点を整理できればと考えています。
                  続く…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?