多数決は正しい結論を導くのか(2)

 ハイジャックされた旅客機2機がワールドトレードセンターに向かった頃、私は県庁所在地ではない地域の進学校にいました。そこで、「多数決は正しい結論を導くのか」という問いを生徒さんに投げかけると、その反応は二つにわかれました。
 ・「こいつバカだ」「学校の先生のくせに何言ってんの」
 ・「言葉には出さなかったけど、自分もそう思っていた」

思考停止とは

 「多数決は正しい結論を導くのか」という問いに、ネガティブな反応、怒り出す生徒さんが半数近くいました。教室内は、ネガティブな意見と空気とが支配します。この問いは、教室を分断してしまったようです。
 ただ、「多数決=民主主義=それを否定するものは民主主義の敵=バカ」という思考の流れは、先入観・既成概念・自明性・思い込みの暴走ではないでしょうか。
 このあたりで、「毎年合格者を出していた地元国立大学に合格者が出なたかった理由」の一端が見えてくるような気がしました。
 半分近い生徒さんが、「思い込みによる思考停止状態」になっているのです。既成概念にとらわれ、思考の自由を喪失しているんですね。
 「学力崩壊」の実態に触れたような気がしました。

思考停止した生徒さんの不思議

 「多数決を否定するバカ」という評価を受けつつ過ごしていた日常は、夏休みに一変します。
 夏休み…その学校ができて初めて「教員による夏期講習・大学受験課外」が行われました。私は、「センターテスト対策講座」を担当。14日間の講習で、「センターテスト14年分の過去問を解いてみよう」がテーマ。
 14年分を過去から今に向って時系列で順番に解くと、問題傾向の変化だけでなく、世の中の価値観の変化が透けてみえます。つまり、「近代」というものに少し系統的に触れることができます。
 「言葉には出さないけど、自分も多数決の在り方には疑問をもっている」という生徒さんは、時系列で解いていくことで透けて来る価値観の変化に気づき、これを面白がります。その先で、少し哲学対話的なものも可能です。
 同時に、「あいつは多数決を否定するバカ」という生徒さんからも評価されるようになりました。評価の対象は正解の選択肢の選び方。「あいつはバカ」と言っていた生徒さんが、こんどは「さすが元予備校講師」と言って熱烈な支持者になります。
 このことは、正直うれしくありません。学習にも「本質と技術」があります。私は、どちらかというと「技術論者」です。ただ、それは「技術の理解・取得を通じて本質に迫る」ということです。
 「本質を理解することなく、技術だけで点数を取ってしまう」は技術の悪用。ただ、技術があれば点数を取れてしまう入試問題もあるのは事実で、そこはやや複雑なものがあります。

技術・テクニックだけを身につけても

 「学校の先生には大学受験指導力がない」という世論が求めていたのは、「本質を理解することなく技術で点数を取って合格に導く先生」なんですね。「予備校講師はそういうことに長けているはず」という謎の信仰もありました。
 一応、元予備校講師の一人として、そういう発想に賛同はできません。  
 「実力があっても、それが得点という形で可視化されていない生徒さん」に、「実力を点数にする方法」を伝えることは大事と思っています。それが、私の言う「技術」です。
 同様に、正解の選択肢を選ぶ根拠は、「本文」にあるわけです。「選択肢だけを見て正解を選ぶ方法」があるならば、私が知りたい…。
 しかし、一部ですが声の大きな生徒さんは、「予備校経験者の先生はすごい」「教わった方法でやったら点数があがった」と言い出します。ありがたいですが、危険も感じていました。
 「本質を理解せずに技術だけを身につける」「本文を読まずに選択肢を選ぶ」には、いずれ限界がくるからです。表面的な理解でも正解はできなくもないですが、それには限界がある。
 一方で、「近代論」を面白がり・興味を示す生徒さんは、伸びに持続性があります。右肩上がりのまま入試本番を迎えます。

学力崩壊のしくみがわかってくる

 「自分で過去問を解こうとしない」「大学受験は技術勝負だと思っている」「学びの本質を理解することなく点数だけにこだわる」…こうした生徒さんが、「過半数」に近づいただけでなく、教室の主導権を握り始めたということ。「勉強はしたくないけど大学にはいきたい」ですね。
 ですから、「何のために勉強するのか」という問いを大人に投げかけ、大人が返事に窮すると、それを「勉強しない理由」にして自己正当化して勉強から逃避する。
 一方で、「多数決は正しい結論を導くのか」という問いには、「こいつはバカ」と言って返答を拒否する。このような思考を持つ生徒さんは、「クリティカルな問い・思考」の本質を理解しません。「批判」はしますけどね。
 学力崩壊の背景には、思考停止状態の広がりがある。個人的にそのように考えた私に、あまり面白くはないできごとが続きます。
                       つづく… 

 

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