僕のクリスマス

---翔太---
 時は20××年。日本は第三次世界大戦の激化に伴い、国家は日本国民の16歳以上、満35歳の男子に兵役の義務を課した。女性の医療従事者にも兵役の義務が課された。少子化により日本の人口は激減。となりの国、韓国での兵役は19歳から30歳までの間に行われる。この比較が日本の少子化の現状を物語っている。
 20××年では、ジェンダー平等の議論は、君たちが生きている2023年より大きく進んでいる。女性に兵役の義務はなかったが、自ら兵役に志願する者たちも多数いる。2023年の日本に生きる君たちでは想像もつかないだろう。
 しかし、ロシア・ウクライナ戦争では、ウクライナ国民の女性医療従事者は兵役の登録が義務付けられた。中には最前線に立って国を守る者もいた。
 兎にも角にも日本では兵役の義務が課され、私もその対象である。私はIT企業に勤めているが、エンジニアは飽和状態。AIがコードを書けるようになりホームページくらいならAIが全て作ってくれる。重役など会社の存続に関わる者だけ兵役は免除される。
 私には妻と5歳の息子と先月1歳を迎えたばかりの娘がいる。私はこんな時代に彼らを産んでしまったことへの罪悪感に苛まれていた。しかし、彼らの笑顔が私を救ってくれていた。守るべきものを教えてくれたのだ。私の中の罪悪感と彼らを守らなければいけないという感情は共存し合った。
 私は戦争を“歴史”であると考えていた。君たちもそうであろう。周りの国だけでいざこざが起こっているだけだ、日本で戦争はないと。しかし、この考え方は一変することになる。如何に我々日本国民が“平和”の中で生きていたのか。そう思うと自分が情けなくなる。
 良くも悪くも私には目の前に“敵”が現れることで守らなければならないものが明確になったのだ。妻や子供たちを守ることはもちろん、国をとにかく守らないといけないという気持ちになった。過去の戦争の真っ只中を生きた彼らも私みたいな気持ちになっていたのかもしれない。「愛国」という精神を持たないと気が狂ってしまいそうだ。

 以下は徴兵が始まる前日の6月30日、最後の家族全員が揃った食卓での話である。
「パパ、明日からせんそうに行くんでしょ」
 何を言い出したかと思えば、息子はなんとなく自分の住んでいる国が”せんそう“をしているということを理解しているようだった。私のスマホでYouTubeを見ている時があるが、その時に理解したのだろうか。
「うん、そうだよ」
「僕も行く!」
「うーん、困ったなー」
「外国には悪い奴らがいっぱいいるんでしょ、だったら僕が行ってやっつけるよ!」
 子供には隠していたが、日本政府によるプロパガンダはこんな小さい子供にもスマホを媒介して浸透しているのだ。
「いかか、友樹、戦争をしたい人なんていないんだ。パパだって行きたくないよ。友樹や奈々、ママとずっと一緒にいたい。パパたちがこれから戦ってくる人たちも守りたい人たちがいるんだ。だから、彼らのことを悪い奴なんて言っちゃいけない」
「でも、戦争に行ったら死ぬかもしれないんでしょ。パパを傷つけるなんて悪い奴に決まってるよ!」
 朋樹は完全に憎悪することのできない敵がいることを理解したのか、私が戦争で傷つくことを恐れているのか、目に涙を浮かべていた。
「朋樹、パパは死ぬもんか。絶対に帰ってくるよ」
「いつ帰って来れるの?」
 彼は鼻をズルズル言わせながら私に尋ねた。
「朋樹の誕生日のクリスマスまでには絶対帰ってくる。約束だ」
「じゃあパパも朋樹にお願いしようかな」
「なになに!」
 彼はさっきとは打って変わって、早く私からのお願いを聞きたそうにしていた。
「大事なお願いだよ。良く聞いて。パパの代わりにママと奈々を守ってあげて」
「わかった!約束する!」
 私と朋樹は強く、固く指切りをした。
「ママ、絶対僕が守ってあげるからね!パパがいなくても大丈夫だよ!」
 妻の鈴香は朋樹に自分が泣いていると悟られたくないのか、朋樹を思いっきり抱きしめていた。鈴香が泣き止み、今度はベビーチェアに座って寝てしまっている奈々のところにいた。
「ななー、お兄ちゃんがななのこと守ってやるからなー」
 その言葉を聞いてしまった鈴香はまた泣き始めてしまったので、食器を洗うという名目でキッチンへ向かった。
「よし、朋樹、ご飯も食べたしお風呂入るか」
「うん!」
「ななの頭、僕が洗ってあげる!」
「お!そうか、じゃあ奈々も一緒に入ろう」
 いつもは私や妻が子供たちの着替えを持って行っているが、朋樹はタンスから自分の着替えと、奈々の分の着替えを持ってきていた。
「パパ!早く入ろうよー」
「うん!先に服脱いでて、もう少ししたら行くよ」
「はーい」

 私は妻の鈴香がいるキッチンへ向かった。
 鈴香とは小学校から高校までの幼馴染で、鈴香はそうでもなかったようだが、私は小学校から彼女のことが好きだった。お互いが、意識し出したのが、本格的に大学受験の勉強をスタートさせた2年の3学期だった。私はこう見えても学年で必ず3番以内の成績を取っていた。3学期から彼女と席が隣になったということもあり、彼女に勉強を教えることが多くなっていた。
 3年になり、鈴香とはクラスは離れ離れになってしまったが彼女はそれでも私に勉強を教えてほしいと頼んできた。もちろん私に断る理由などなかった。
 確かあれは7月ごろだっただろうか。梅雨も明け、晴れの日もだんだん多くなっていた。学校は夏休みに入っているが、私と鈴香は2人きりで、学校の自習室で勉強をしていた。
「ねぇ、翔太はさ、なんでいっつも私に勉強を教えてくれるの?」
 私の自意識が過剰であるかもしれないが、この質問の裏側には、私に気があるのか?という質問が隠れているのではないのかと思った。
「なんでって、鈴香が教えてくれって言ってるからだよ」
「へぇー、そうなんだー」
 私は少し動揺してクーラーが効いているのに汗をかいていた。動揺を隠すためにリュックサックから水筒を取り出しお茶を一口飲んだ。
「でさぁ、翔太は好きな人いるの?」
「ぶほぉっ、けほっ、けほっ」
「え?なんで吹き出してんのよ」
 まるで動揺によって膨れ上がった風船に鋭い針を突き刺されたような感覚だった。彼女は僕タオルを差し出してくれた。
「これで拭きなよ」
「翔太の好きな人が使ったタオルだぞー、良きに計らいたまえ」
 私は彼女からタオルを受け取り、それで顔を拭いた。そのタオルからは彼女の服と同じ匂いがした。
「俺の好きな人ってどうゆこと?」
「え?私から言わなきゃダメ?」
 彼女が大胆なのは良く知っていたが、ここまでとは思わなかった。さすが朋樹の母親である。
「俺が鈴香のことを好きになったのは…」
「あー、そういう長ったらしいのいいから、私のこと好きなんでしょ?」
「う、うん」
「はい、じゃあやり直し」
「あ、好きです」
「誰のことが?」
「鈴香さんのことがです」
「わたしも翔太のことが好き…だけど、今は受験に集中した…いかな」
「そうだよね」
 こうして私と鈴香との交際はスタートしたわけである。受験が終わるまでは学校でしか会わなかった。私と鈴香は別ではあるが国立志望だった。私は一人っ子なので国立に落ちても滑り止めの私立に行くことはできた。しかし、鈴香はそうではなかった。決して裕福な家庭ではない。それに3人の妹と弟が1人いる。彼女は家族のためになんとしても国立大学に行かなければいけないという思いが強かったのだ。
---翔太---

---鈴香---
「だいぶ寒くなったね」
「うん、今日もありがとね」
 私と翔太は遅くまで学校に残って勉強していた。今は勉強が終わって薄暗い廊下を歩いている。
 12月の中旬に入り、共通テストまで残りわずかとなっていた。翔太はいつも私の勉強に付き合ってくれる。私の家は貧乏で塾にいけるお金なんか全くなかった。翔太は私に取って本当にありがたい存在だった。両親からは、受験を失敗しても浪人の費用は出せないと言われている。だからこそ本当に志望校に受かりたかった。家が裕福でないことを恨んだことは一度もない。両親は私をここまで育ててくれたし、可愛い妹たちと弟がいる。だけど、好きな人とまだ一度もデートのようなものをしたことがない。それが私の心の中の唯一のモヤモヤである。
「翔太…そろそろクリスマスだね」
「あぁ、もうそんな時期か」
「うん、でも私勉強あるからなぁ」
 本当は25日の夜は翔太と一緒に過ごしたいと思っていた。だけど受験に失敗できなというプレッシャーにその思いが押しつぶされそうになっていた。翔太が私を誘ってくれれば駅前のイルミネーションを見に行きたい、そう思っていた。すると翔太は私の思いに気づいてくれたのか、駅前のイルミネーションを少しの時間だけ見に行くことを提案してきた。
「もしだけどさ、鈴香の勉強に差し支えがなかったら駅前のイルミネーション見に行かない?今年からイルミネーションが豪華になったらしいんだ」
 放課後になったら、いつも一緒にいるはずなのに、私はなんでわざわざ彼と駅前のイルミネーションを見に行きたいのだろう。その答えは彼と結婚して幸せな毎日を送っている今でもわからない。
 翔太が喋り終わったあとくらいから、私の顔は好きな人には見られたくないような顔になっていた。
「ど、どうしたんだよ」
「わだしぃねぇ、しょうだとイルミネーション見にいぎたいっ」
 私はどうしようもない女だとこの時に自覚した。彼がいないとだめなのだと。翔太は何も言わずに私のことを抱きしめてくれた。これが翔太と初めて交わした抱擁である。
 次の日から私はクリスマスにデートしても後悔しないように追い討ちをかけるように必死で勉強をした。放課後では翔太に勉強を教えてもらい、家に帰ってからは夜の3時くらいまで勉強をした。朝は6時に起き、早めに、学校に行って2、3人しかいない教室で勉強をした。そう、これは後悔しないために。
 
 25日、クリスマスの朝、私はいつも通り朝6時に起床した。目が覚めると喉に違和感があることに気づいた。少し風邪をひいただけで今日の予定に影響はないだろうと思っていた。しかし、母が朝ごはんを用意してくれていたが喉の痛みが強くて食欲すら湧かなかった。
「すず、朝ごはんは?」
「うーん、今日は食べなくていいや」
「そう、体調でも悪いの?」
「いや、そんなことないよ、あんまりお腹空いてないんだよね」
 私がそう言うと母は弁当の袋の中にゼリー飲料を2つ入れてくれた。
「すず、最近頑張りすぎじゃない?大丈夫なの?」
「うん、まあやりたいことがあるからね」
「そうなの、たまには息抜きするのよ」
 母は心配そうな声で私にそう言ってきた。
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
 ドアを開いた瞬間、刺すような12月の寒さに襲われた。制服の上にコートも羽織って、マフラーも、手袋もしているのに。
 学校までは自転車で20分ほどかかる。朝ごはんを食べていない私は今日頑張れば翔太と一緒にイルミネーションを見にいけるという想いを燃料に自転車を漕いだ。
 冬の寒さに抗いながら、やっと学校の校門前に着いた。すると後ろからコートも、マフラーも、手袋も身につけていない翔太がやって来たのだ。このとき私は翔太のことが羨ましくなった。
 この時間、彼は学校に来ていないと思っていた。てっきり、彼の頭の良さなら朝早くから勉強などしなくてもよいと思っていた。しかし、彼が言うには2年生になった時くらいから毎朝、勉強しているのだと言う。今日はたまたま起きるのが遅くなって私と鉢合わせたようだ。
「お、鈴香、おはよう」
「おはよう、朝早いね、翔太」
「うん、まあ俺も国立志望だから勉強はしとかないとね。鈴香こそこんな朝早くから勉強?」
「そうだね、まあ私はここ最近から朝に勉強し始めたんだけどね」
「そうなんだ、放課後あんなに勉強してるのにすごいね」
 自転車を漕いでいる20分の間に私の体調は悪化していた。喉の痛みに加え、少し熱っぽさと倦怠感があった。しかし私は体調の悪化を受け入れようとはしなかった。
「鈴香、体調悪そうだけど大丈夫?少し顔赤いし」
「うん、全然大したことないよ!それより明日楽しみだね!」
 私は翔太にこれ以上私の体調の心配をさせたくなかった。私の具合が良くないことを彼が知ったら、絶対に楽しみにしていたクリスマスの夜は絶対に来ないとわかっていたからだ。私は翔太に心配させないためにそれぞれの教室で勉強することを学校の昇降口で提案した。私と翔太は靴からスリッパに履き替え3年生の教室がある3階へ向かった。私の体はたった3階に行くまでの階段を登ることすらきつくなっていた。
「じゃあ、また放課後勉強教えてね」
「うんじゃあ」
 3階にたどり着くとそれぞれの教室に入り、私は教室の一番後ろの窓際にある自分の席に着き、大きな溜息を着いた。私は溜息に関して否定的ではなかった。しかし人前では溜息をつくことはなるべくしないようにしている。教室にはだれもいなかったので私の大きな溜息は今日の教室の雰囲気を決定づけるくらいに響き渡った。
 バックから一番好きな教科である数Ⅱ・Bの問題集を取り出した。翔太に勉強を教えてもらう前、数学は一番嫌いな教科だった。翔太のクラスは理系のコースで、特に彼は数学に強かった。たしか、2年の3学期のとき、席が隣同士になってよく話すようになったのは、私がベクトルの問題がわからなくて翔太に質問したことがきっかけだった。彼の説明はとてもわかりやすく、私の数学に対する抵抗感を排除してくれた。
 バックから筆箱を取り出し、問題集を開いたが、問題は全く頭に入ってこなかった。それでもまだ体調が悪いと言うことは認めたくなかった。
 ---鈴香---

---翔太---
 私は鈴香と鉢合わせたクリスマスの日の朝、彼女は毎日の勉強で疲れているだけだと思っていた。鈴香と学校の3階で別れた20分後くらいに隣の教室から何か物が、倒れた音がした。
「バタンッッッ!」
 私はその物音が気になり、勉強に集中できなかった。数学の問題集を一旦閉じて物音がなった方へと向かった。となりの教室は鈴香のいる教室であった。そんなことはないだろうと思った。私はただ物音がなった原因を知りたいという偶発的な好奇心でとなりの教室へ向かった。私が教室後方のスライド式ドアに手を掛けると、ガラス窓越しに鈴香と椅子が倒れていることわかった。
「すずかっ!」
 私はすぐさまドアを開き彼女の元へ駆け寄った。
「どうしたの?」
「いやー私ちょっと頑張りすぎたみたい」
 彼女のおでこを触ると確実に高熱であることがわかった。私は職員室に向かい、入り口の一番近くにいた先生に鈴香の状況を説明した。
 保健室のベッドで仰向けになって寝ている鈴香の顔を見た。一緒に勉強をするときは机を隣り合わせにして勉強をしているので、普段彼女の顔をまじまじと見るということはなかった。辛そうな彼女には悪いと思ったが、私は彼女の彼氏であるという権利を行使し、愛おしい顔を眺めさせてもらった。
「はいはい、感染るといけないから返った返った」
 40代後半くらいで女性の保健室の先生からそう言われたので私は帰ろうとした。ちょうどそのとき鈴香は目を覚ましたようだった。彼女は目を覚ますと私に背を向けた。彼女からは鼻を啜る音がした。私は鈴香に、教室に戻る旨を伝え保健室を出た。
「加藤先生、鈴香をお願いします」
「はいはい、後で病院連れて行くから安心しなー」
「はい、お願いします」
 おそらく鈴香とはイルミネーションを見に行くことができないだろうとこの時思った。
---翔太---

---鈴香---
「鈴香ちゃんいつまで泣いてんのよ」
「だって先生、今日初めてデートする約束してたんだよ」
「またデートなんか風邪が治ってからいくらでも行けるじゃない」
 加藤先生はそう言うが、私と翔太は受験生でいつでも遊びに行けるわけではなく、志望校も全く別の場所だった。加藤先生は大人だなと思った。
「はいじゃあ、泣終わったら病院行くから支度しな」
「はい」
 私は病人で、楽しみにしていた恋人との初デートが体調不良で行けなくなった人なのに加藤先生はそんなふうに扱ってくれなかった。
「ちょっと狭いけど勘弁してよ」
 先生が乗っている車は黄色の軽自動車だった。後部座席は先生の荷物でパンパンになっていた。
「お願いしまーす、ゴホッゴホッ」
 私は2時間ほど保健室で寝ていて、先生の看病のおかげもあり少し体調は良くなっていた。今から連れて行ってくれる病院まで車で20分ほどらしい。10時過ぎなのに来る窓の窓から見える景色は薄暗かった。
「じゃあ出発しますよ」
 先生は、出発するとは言ったものの学校の前の通りは広く車のスピードも速いためなかなか左折できずにいた。
「うわぁー車止まらないなー、よし今だ!」
「先生、やっと出られましたね」
「うーん、この時間結構混んでるのよねー」
 助手席にいる私は、先生の顔が和らいでいくことを確認できた。
「いやー鈴香ちゃん、残念だったわね」
「先生どうしたの急に、ゴホッ」
「いやだって初めてのデートだったんでしょ、しかも今受験で忙しいからね」
 加藤先生は先ほどとは打って変わって私を慰めるような言葉をかけた。
「彼のこと好きなんでしょ、いいなー私もそんな時代に戻りたい」
「先生はどんな恋愛してきたの?」
 先生が聞いて欲しそうだったので仕方なく聞いてあげた。
「えーそれ聞いちゃう?」
「いや先生絶対聞いて欲しかったでしょ」
「まぁねー」
「でもあまり思い出したくない過去でもあるのよ、あんな思いはもうしたくないし、あなたにもしてほしくないわ」
「え、無理に言わなくていいよ」
「え、話させてよ」
「はいはい、どうぞ」
 前置きが長くなりそうだったので早く話してもらうことにした。
「私もね受験生の時恋人がいたの、だけどその人は交通事故でもう亡くなっちゃったのよ。大好きだったわ」
 私の中の“大人”は今の先生の言葉で少し崩れかけていた。先生は結婚して旦那さんがいるということは知っていた。どうやら先生にとって、旦那さんがいることと想っている人がいるということは両立し合うらしい。
 私は一瞬翔太が私の目の前からいなくなることを想像した。それは私にとって頭に浮べたほんの何秒でも受け入れ難いものだった。先生は何秒間その現実に向き合ってきたのかと思うとぞっとした。
「そうなんだ」
 先生の発言に対してどうリアクションをとっていいかわからなかった。それは先生に対しても、私に対してもであった。私は、私の中にある使い勝手の良さそうな言葉をつまみ取った。
「そうなのよ、今でも夢に出てくるの。たぶんまだ好きなのかもしれないわね」
 私の中の真っ白な空間で翔太が遠ざかっている気がした、どこか遠くへ。彼について行こうとしているけど追いつけない、もっと好きを伝えたいのにそれも私の声では届かない。
「鈴香ちゃん、着いたわよ」
「ん?」
 目が覚めると目の前には大きな病院があり、さっきの真っ白な空間は広がっていなかった。
「あら、また泣いてるの?」
 

続くはず…


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