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北村早樹子のたのしい喫茶店 第1回「本郷三丁目 名曲・喫茶 麦」


文◎北村早樹子

 

名曲・珈琲麦の入り口


 わたしは誕生日が大嫌い。一年でいちばん嫌いな日が誕生日で、誕生日の前後1週間ぐらいはずっと機嫌が悪く、何をしても楽しくない。
 それはもう三十路も後半戦に差し掛かり立派な中年になったからでしょ、と言われると全然そんなわけでもなくって、なんなら20年前の思春期、高校生の頃からからずっと嫌いだった。
 最初に断っておくと、加齢が嫌だと言っているわけではない。時間と言うものは全人類に平等に過ぎていくのだから、それをカウントしていくものとして、年齢があることには抵抗しない。
 わたしはそれを祝うという風習が好きではないのだ。いや、祝わなければいけない、祝ってもらわなければいけない、みたいな風潮が嫌なのだ。
 だから全員、4月1日とか、1月1日とかを区切りにして、一緒に歳をとっていけばいいのになあと思うのである。
 気軽に「おめでとう」なんて言われたらしんどい。でもわたしも大人なので、言われたら一応愛想笑いで「ありがとう」と返してしまう。そういう機会を出来るだけ減らしたいので、周囲の人に誕生日はなるべく言わないようにしている。お付き合いしている人にすら、自分からは言わない。だからもう10年ぐらい、誕生日は普通の平日と捉え、ひとりぼっちで過ごしている。
 哀れな人だと言われてもいい。誕生日は盛大に祝われて過ごすことがよろこびであると信じておられる方からしたら、実際哀れに見えるだろう。というか、実際歳をとることなんて哀れなことだろう。一歩一歩死へ向かって行っているのだから、おめでたいわけないではないか。
 こんなことを言っていると、親への感謝はないのかとか絶対言われるので断っておく。わたしは産んでくれたことに対しては、全く感謝はない。別に望んでない。産まれたくて産まれた人なんかひとりもいない。そこに意志はないはずだ。
 産まれたことは完全に親側の勝手で、男性が勃起し、女性の膣の中に中出しをした結果なだけであって、子ども側がそこに「ありがとう」というのはちゃんちゃらおかしい話だ。育ててくれてありがとうはわかる。            
 でも「産んでくれてありがとう」はどうしても解せない。結婚式の、新婦の手紙の末尾にテンプレートで書かれる「産んでくれてありがとう」は考え直すべきだとわりと真面目に思う。こんなことを言うと、出産の苦しみを知らないからでしょうと言われるだろう。
 その通り、わたしは出産したことがないので知っているわけがない。わたしは出産する予定はない。自分の都合で勝手に苦しんで、産んで、これからどんな残酷な人生が待ち受けているかもわからない子どもに向けて、「おめでとう」を強要したくない。
 こんな歪んだ人間なので、わたしはバツイチである。元旦那さんはちゃんと子どもを作って「おめでとう」をしたい人だということが結婚後に発覚したので、お別れしてもらった。その後、元旦那さんはちゃんと「おめでとう」をしたい女性と巡り合って再婚し、可愛いお子さんが産まれたそうなので、よかったな~と心から思う。
 一年でいちばん、最低最悪な日。こんな日はせめてお気に入りの喫茶店にでも行かないとやってられない。わたしは自分を慰めるために、ひとりでここへ来ることにしている。
 本郷三丁目の名曲・珈琲麦で、ひとりでプリンを食べるのだ。そこまで甘党ではないわたしは、喫茶店でパフェほどの重量があるものはちょっと食べきれる自信がない。見た目には楽しいので好きだけど、食べるのはちょっと無理なので、実は喫茶店でパフェを頼んだことがない。

名曲・珈琲麦の自家製プリン


 そんなわたしにちょうどいいのが、名曲・珈琲麦の自家製プリン。しっかり固めでスが入った本体に、こんがり香ばしいカラメルソースがたっぷりとろーり滴っていて、ちょこんと乗った生クリームと赤いサクランボが、ほんのりちょっとだけ、控えめに奥ゆかしく誕生日を演出してくれて、バースデーケーキみたいにハッピーの押し売りは決してしてこない、小声でそっと耳元に「1年頑張って生きてえらかったね」って褒めてくれるような、そんな名曲・珈琲麦のプリンに支えられて、わたしはなんとか、大嫌いなこの日を乗り切っている。

500円でハムエッグトーストが堪能できる麦の6番モーニング


 もちろん、麦には誕生日以外もよくお邪魔する。わたしは麦の6番モーニングが大好き。たっぷりサラダ(コールスローにポテトサラダにきゅうり、トマト、フルーツまで乗っている)に、ハムエッグトースト。一緒に持って来てくれるおソースを、トーストの四隅にちょびちょびっと垂らしていただくのがわたしのいっとう好きな食べ方。これだけ大満足さしていただけて、飲み物もついて、たったの500円というのだから恐れ入った! 
 それからわたしの麦の一押しはピザトースト。大と小が選べて、大はパン2枚分、小は1枚分なんだけど、小なんてたったの400円! 良心的すぎて申し訳なくなる。


これで400円! 麦のピザトースト


 そうそう、麦と言えば、素敵なエピソードがひとつ。これはわたしの知人の話なのだが、彼は生きざまからヒッピーを体現しているような男性で、当時家にお風呂がなかったのもあり、何日もお風呂に入っていなかったそう。マスターは接客したときに、きっと身体が臭ったのでしょう、でも、「お客さん臭いですよ」なんて野暮な注意の仕方はせず。帰り際にそっと、近所の銭湯への手書きの地図と、銭湯代を渡してくれたそうだ。
 麦は、マスターもママも息子さんも、過剰に愛想を振りまいたりはしない。そっけないぐらいに感じてしまう場合もある。
 でも、みなさんのあたたかさは、良心的過ぎる値段設定や、丁寧に作られたサラダなどに十分出ている。わたしがつらい誕生日をなんとか乗り越えられるのも麦のおかげ。これからもどうぞよろしくお願いいたします。


名曲・喫茶 麦の店内

今回のお店「名曲・喫茶 麦」

■住所:東京都文京区本郷2ー39ー5   
■電話:03ー3811ー6315
■営業時間:7時~19時   
■定休日:日曜日、1/1~3

撮影:じゅんじゅん

北村早樹子

1985年大阪府生まれ。
高校生の頃より歌をつくって歌いはじめ、2006年にファーストアルバム『聴心器』をリリース。
以降、『おもかげ』『明るみ』『ガール・ウォーズ』『わたしのライオン』の5枚のオリジナルアルバムと、2015年にはヒット曲なんて一曲もないくせに『グレイテスト・ヒッツ』なるベストアルバムを堂々とリリース。
白石晃士監督『殺人ワークショップ』や木村文洋監督『へばの』『息衝く』など映画の主題歌を作ったり、杉作J太郎監督の10年がかりの映画『チョコレートデリンジャー』の劇伴音楽をつとめたりもする。
また課外活動として、雑誌にエッセイや小説などを寄稿する執筆活動をしたり、劇団SWANNYや劇団サンプルのお芝居に役者として参加したりもする。
うっかり何かの間違いでフジテレビ系『アウト×デラックス』に出演したり、現在はキンチョー社のトイレの消臭剤クリーンフローのテレビCMにちょこっと出演したりしている。
2017年3月、超特殊装丁の小説『裸の村』(円盤/リクロ舎)を飯田華子さんと共著で刊行。
2019年11月公開の平山秀幸監督の映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(笑福亭鶴瓶主演)に出演。
2019年より、女優・タレントとしてはレトル http://letre.co.jp/ に所属。

■北村早樹子最新情報

◎其の一 5月25日(水)【北村早樹子ワンマン第6回】
場所:阿佐ヶ谷よるのひるね
時間:19時半開場19:45開演
料金:2000円+1ドリンク(完全予約制)
ご予約の方は、katumelon@yahoo.co.jpまで、お名前、枚数、連絡先を明記の上、送信してください。


◎其の二 北村さんが作曲を担当した舞台、唐組・第68回公演『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』が公演中


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