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秋と冬と、春の人2107文字#シロクマ文芸部

先にこちらを読んで頂けると、分かりやすいかと思います。

本を書く。
それは俺にとっては当たり前の事で、生きるための生業だ。
たまに煮詰まることはあるけれど、何処ぞの文豪のように逃げたりなどしない。

書けないなら、書けない。
素直にそう言って宣言する。
◈◈◈◈

「……と、言うわけで今は書けない」

「素直にそう言えば、締切を待ってもらえると思ってるの?」

俺の幼馴染で俺の担当をしている眞尋。
生まれつき体が弱く、左足が少し不自由だ。けれど、働いている出版社では同じ部署の人達からとても可愛がられていると聞いた。

本当に良かった。
そう眞尋に素直に言ったら、それは秋彦が側に居るからだと言われてしまった。

「…………なんか、ごめんな」

そう俺が謝ると、眞尋は何だか嬉しそうにしながら「大丈夫」と言って笑顔を見せた。

◈◈◈◈
「……ねえ、秋彦」

「うん。どうした〜?」

俺は結局、煮詰まったままではいるものの、眞尋に促され、原稿用紙を広げにらめっこをしている。
……あー、やっぱり無理!そんな限界な言葉を発しようとした時の事だった。

「……前に、好きな人が出来たと、言ったことがあっただろう」

「ああ。……どうしたっ!……………!!
もしかして、何か嫌な思いをしたかっ?!」

「……違う。そうじゃない」

「……そうか……あはは、何か、ゴメンなっ……いつまで経っても心配ばかりして…」

「ううん。秋彦の気持ちはちゃんと分かってるから。」

にしても、流石にそろそろいけないなと結構本気で思いはじめてきた。

「それでね。秋彦、さっきの話の続きなんだけどさ」

「うん」

「俺、思いを伝えたんだ。お慕いしているって」

「、…えっ!!、い、いつの間に」

「そしたら、よろしくお願いしますって言ってもらえて……」

「ほ、ほ、ホントかっ、!本当に、本当っ!!?」

「うん。本当。お相手の人は俺らより2つ年上で、名前を春子さんっていうんだ。同じ出版社に勤めている人で、たまたま出版社主催の飲み会の時にお話しして……春子さんとお話ししてる時間は、とても楽しくて。
……気付いたら、好きになっていたんだ。春子さんも、同じ様に感じてくれていたみたいで、……今、お付き合いをしてる」

「………そうか、おめでとう………」

「……っ、それでなんだけど、秋彦」

「…、だから何だ?」

「春子さんが、秋彦に会いたいって言うんだけど、三人で食事をすることは出来る?」

「…………………………えっ?…………」

◈◈◈◈◈
ここは少しお値段の張る料亭。
俺は女将さんに通されて少し大きめの部屋に一人で待っている。
落ち着かない心を何とかなだめながら、眞尋と春子さんが来るのを待っていた。

「秋彦、お待たせ」

静かに部屋の戸が開き、そこには眞尋と春子さんが居た。春子さんは長い髪の毛の上半分だけ優しくまとめ、春色のリボンで纏めていた。

「はじめまして。春子です。お待たせして、申し訳ありません」

「い、いえ、大丈夫です。あの、どうぞ、お座り下さいっ!」

そこからは、美味しいし料理を食べながら3人で他愛のない話をした。
二人の馴れ初め、仕事、本当に色々な事を喋り会話した。

春子さんは、芯の通った、でもとても優しい人のようだった。自分の中でしっかりとした考えを持っていても、柔軟に新しい価値観を取り入れて吸収していく。

とても、素敵な人だった。

「俺、お手洗いに行ってきます」

そう言うと、眞尋は席をはずした。暫しの間、俺と春子さんの二人きり。

その時、俺は何となく聞いてみたいと思った事を春子さんに聞いた。

「……あの、春子さん……」

「はい、何でしょうか?」

「その、春子さんは眞尋の足の事を、どのように思っていますか?」
「………え?……」

「あ、いや、あの、いきなりすみません!不躾でした!」

「………いいえ。不躾ではありません。秋彦さんと同じ立場なら、私だって同じ様に質問します。

………私は、眞尋の足のことは、何とも思っていません。気にもしていません。
けれど…眞尋本人は、たまに私が聞くと寂しい事を言ってくる事はあります…。

でも!例え足が不自由でも、そんな不自由には奪えない位、眞尋は魅力的で素敵な人だって事を私は知っています。

眞尋に好きと言われて…私がどんなに嬉しかったか…
本人はきっと…分かっていないのでしょうね………。
……どうしたら、伝わるのでしょう」

俺は、春子さんの話を静かに聞き、そして言った。

「……直接、言ってあげて下さい。眞尋に伝わるまで、何度でも、何回でも…
春子さんの気持ち、思い、伝えてあげて下さい。」

「………秋彦さん……」

「そりゃーもう、しつこいくらいに!」

「ふふ…………はい。わかりました」

眞尋の足音が聞こえる。

「春子さん、」

「……はい」

「眞尋のこと、よろしくお願いします」

「……はい、勿論です」

カラカラ……


「二人で何かお話しした?」
眞尋がお手洗いから帰ってきた。

俺と春子さんは顔を見合わせ、
『したよ。したわよ。
でも、何を話したかは秘密』

「……えっ!?……なんなの二人共」

少しふくれっ面の眞尋の事をからかいながら、俺はつがれたお酒を嗜む。

明るい月夜を料亭の窓越しに眺めながら、眞尋と春子さんなら大丈夫。

そんな事を何時までも考え、思っていた……。

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