見出し画像

【エッセイ】プロ根性

[プロ根性]
“困難が伴ったり自分の思い通りにならなかったりしても、プロとして何としてでも与えられた仕事をやり遂げようとする気概や根性のこと”
 
求職していた同僚が職場に復帰し、久し振りの一献。
あっという間に楽しい時間は過ぎてゆき、ふと腕時計に目をやると時計の針は2時40分を指していた。
終電はとっくにない。徒歩で帰れば家に着くころには朝日が顔を出しているだろう。タクシーで帰る以外に選択肢は見当たらない。

もっぱら回転寿司で頼むのは握り一択。ラーメンやチョコケーキなどのサイドメニューは視界に入らず、選択権を放棄してきた。
変化を好まず、一度決めると同じ行動しかできない性分なのである。

千鳥足で大通りへ向かう。
連休前の深夜でライバルも多かったが、何とか1台止めることに成功。
乳母車に揺られる赤ん坊のように10分ほど揺られていると、いつの間にか寝てしまった。

「お客様さん、この辺りではないですよねえ?」

意外に早く着いたなと思いハッと目を覚ます。
周囲を見渡すといつもの景色とは異なっていた。
電信柱の住所を確認してみるとその場所は家から3キロほど離れた地点であることが判明した。

酔っていたといえ乗車時の記憶は鮮明であり、確かに住所を伝えてナビに入れていたはず・・・。

「お客様さん、ごめんなさいねぇ。ナビの調子が悪くて電源が入らないですよ。やっぱりこの辺りじゃないよね?感覚で走ってみたけどやっぱり違う場所かぁ」

感覚・・・。

俺の脳みそがナビだと言わんばかりに推定年齢60代後半から70代風のベテランドライバーであることに間違はいない。
己の経験を研ぎ澄まし、精一杯の対応をしてくれたのだろう。

「通信障害かな。ナビが途中から消えてつかないですよ。ごめんなさいねぇ。でも安心してください。住所の場所は分かりますから。これから向かいますね。ああ、メーターはここで切りますからご安心くださいねぇ」

湧き上がってくる複雑な感情をグッと飲み込む。
再びゆっくり走り始めると、私は道案内を開始した。

走ること数分、無事に我が家に到着。

「ちょっと遠回りだったね、ごめんなさいねぇ。たまには深夜のドライブも悪くないでしょう」

ドライブ・・・。

クレジットカードでの支払いを告げる。

「あれ、おかしいな。反応しないな。お客様さん、ごめんなさいねぇ。もう一回カード差し込んでもらえますか?」

電池がなくなった動かないリモコンのように端末が微動だにしない。

「あれ、おかしな。通信障害かな。会社に連絡しますからちょっと待ってくださいねぇ」

会社へ電話を試みること数十分、5回目でようやく繋がった。
どうやら一時的に通信障害が発生していたらしく、他のタクシーからも同様の問い合わせが殺到しているとのことだった。

「お客様さん、ごめんなさいねぇ。現金のお支払いでも大丈夫ですか?」

財布の中身にお札はなく、小銭が数百円程度あるのみだった。
運転手さんに最寄りのコンビニへ寄ってもらうようにお願いし、ATMから現金を調達。

「ここで大丈夫ですよ。歩いて2~3分で着きますから」

「お客様さん、それは駄目ですよ。私が許さない!お客様を無事に目的地まで送り届けることが我々タクシーの使命ですから。さあ乗ってください」

現金での支払いを終え、玄関の前に着くと燦燦と輝く朝日が顔を出し始めていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?