見出し画像

町田そのこ『溺れるスイミー』読書感想

『52時ベルツのクジラたち』『宙ごはん』に続き、3作目の町田そのこさん。

町田そのこさんは、ほっこりと心が温まる作品が多いですよね。

今回は『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』に収録されていた『溺れるスイミー』の感想を書いてみたいと思います。



作品紹介

思いがけないきっかけでよみがえる一生に一度の恋。そしてともには生きられなかったあの人のこと。

大胆な仕掛けを選考委員の三浦しをん氏辻村深月氏両名に絶賛されたR-18文学賞大賞受 賞のデビュー作「カメルーンの青い魚」

すり鉢状の小さな街で、理不尽の中でも懸命に成長する少年少女を瑞々しく描いた表題作。その他3編を収録した、どんな場所でも生きると決めた人々の強さをしなやかに描き出す5編の連作短編集。(解説・吉田伸子)


こんな人におすすめ

○ほっこりと心が温まる作品が好きな人
○群像劇小説が好きな人
○美しい日本語に触れたい人


感想(※以下ネタバレを含みます)



宇崎くん

彼、なかなかいいキャラしてると思いませんか?
なんというか不思議な魅力がありますよね。

最初にいいなあと思ったのは、狛犬のサブレを食べる場面。

「食えりゃいいよ。でも顔が無傷だと何だか嬉しいよな。特にこいつ」

この台詞かわいいですよね。厳しい見た目でこんなことを言われたら、ギャップ萌え必須です。

幼少期の話も印象的でした。少しADHDの特性があるのかな?
自分なりの「しるし」を持つことで、今まで生きてきたんですね。


工場

この工場ではこれまでに何十組ものカップルができて、半分以上が結婚している。

この一文、ぞっとしました。別におかしいことではないんですが、閉鎖的で窮屈な印象を受けてしまったんですよね。

そんな空間で、唯は15年も働き続けています。

少し話は逸れますが、私はここで村田沙耶香さんの『地球星人』を思い出さずにはいられませんでした。

ここ(地球)は、肉体で繋がった人間工場だ。私たち子供はいつかこの工場をでて、出荷されていく。

出荷された人間は、オスもメスも、まずはエサを自分の巣に持って帰れるように訓練される。世界の道具になって、他の人間から貨幣をもらい、エサを買う。

やがて、その若い人間たちもつがいになり、巣に籠って子作りをする。

村田沙耶香『地球星人』

これがまたぶっ飛んでて(褒めてます)

「当たり前って、当たり前じゃないのかもしれない」ということに気づかせてくれた作品だったんですよね。

その影響もあって、前述した一文にぞっとしてしまった部分もあるかもしれません。

まるで当たり前のように、何組ものカップルが出来上がっていく工場……色々考えさせられますね。


立野さん

正直、あんまり好きになれなかったんですよね。いい人なんですが。

宇崎くんのことを知れば知るほど、立野さんが不快に思えてくる始末(すみません)

これは、作者の町田そのこさんが意図的に仕掛けている節もあるのかなあと思いました。いわば宇崎くんとは正反対の存在ですからね。

しかし、そんな立野さんがいるからこそ、この作品の味わいが深まっているんだと思います。


共生できない父親

父親の遺骨を捨てた話は印象的でしたよね。

「共生できないひとには、これでいいのよ」

母親のこの台詞には、思わず鳥肌が立ちました。

でも、正直自業自得ですよね。家にも帰らず、会社もクビになり、貯金も底をつき、それでも離れたくなる衝動を抑えられない男なんて、私でも捨てます。

……と言いながら、「離れたくなる」という気持ちは分からなくもないんですよね。

全て一からやり直したくなるというか。

後に「誰も私を知らない土地を歩き回るだけで呼吸が楽になった」という記述がありましたが、まさしくこれです。

誰も知らないところって、気を使わずにすんで楽なんですよね。旅行に行ったときの開放感は、ほとんどこれだと勝手に思っています笑

いつだかネットで見た「人間関係リセット症候群」にも似ているなあと思いました。かくいう私も、一度LINEのアカウントをリセットしたことがあります。

もう何年も前のクラスラインとか、そこまで仲の良くない人とかとずっと繋がっている感覚に耐えられなかったんですよね。

そう考えると、父親の行動にも少し納得できるような気がしました。


淵のようなサービスエリア

初読時はピンときませんでした。
恥ずかしながら、そもそも「淵」がよく分からなくて。

検索して図解を見た時にやっと「そういうことかあ」となりました。

ひとも空気も次々に入れ替わるサービスエリアは、「淵」という名の休憩地点に過ぎないんですね。決して留まることのない川の流れが目に浮かびました。

それにしても美しい比喩ですよね。さすがは町田そのこさんです。


唯の決断

「楽な場所を求めて彷徨うことよりも、あの町での呼吸の仕方を覚えなきゃいけない。ひとところで生きれるようになりたい」

いい台詞でしたね。どちらが正解ということはないとは思いますが、懸命な決断だったと思います。

もしついて行ってたら、ちょっと興醒めしたかもしれません。「そんなんドラマの中だけやわ」みたいな。

この作品自体もフィクションであることには変わりありませんが笑

ひとところで生きる決心をした唯が、少しでも楽に息を吐けるようになることを祈らずにはいられません。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?