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村上春樹『品川猿の告白』読書感想

正直、村上春樹さんの作品ははあまり読んだ事がありません。

ちゃんと読んだのは『ノルウェイの森』くらい。

なんとなく私には合わないのかなあと思っていたのですが、『一人称単数』に収録されていた『品川猿の告白』は面白かったです。



作品紹介

人生にあるいくつかの大事な分岐点。そして私は今ここにいる。

ビートルズのLPを抱えて高校の廊下を歩いていた少女。
同じバイト先だった女性から送られてきた歌集の、今も記憶にあるいくつかの短歌。
鄙びた温泉宿で背中を流してくれた、年老いた猿の告白。
スーツを身に纏いネクタイを結んだ姿を鏡で映したときの違和感。

そこで何が起こり、何が起こらなかったのか? 驚きと謎を秘めた8篇。


こんな人におすすめ

○不思議な世界観に浸りたい人
○くすっと笑いたい人
○愛について考えてみたい人


感想(※以下ネタバレを含みます)



喋る猿

猿が喋って背中を流すというだけでも面白いのですが、語り手が割とすんなり受け入れているのがシュールですよね。

「品川区のどのあたり?」「御殿山のあたりです」なんてもう人間同士の会話みたいで笑ってしまいました。

音楽にも覚えがあるみたいで、品位漂う猿ですね。


名前を盗む

そう聞いてまず頭に浮かんだのは『千と千尋の神隠し』
言わずとしれた名作ですよね。

この世界では、名前を盗られると元の世界に帰れなくなってしまいます。

この品川猿も、そんな恐ろしいことをしているのか……とぞっとしました。

しかし話を聞いていくと、決して悪意がある訳ではないんですよね。良心の呵責を感じながらも、盗まずにはいられない。なんだか気の毒にも思えてきました。


究極の恋愛

確かにそういう風にも考えられるかもしれません。
肉体的な行為は抜きにして、ひっそり名前を愛でるだけですからね。(奪われた女性は耐え難いでしょうが)

「優しい風が草原をそっと渡っていくかのように」という言葉には不覚にも胸を打たれました。


愛について

猿は「生き続けていくために欠かすことのできない燃料」と表現していました。
愛する人のアイデンティティーを危機に晒してまで、名前を奪うくらいですからね。

しかし私は、「それって本当に愛なのかなあ」と思わずにはいられませんでした。

「無償の愛」とまでは言わずとも、愛する人には幸せになって欲しいですよね。
名前を奪われた女性に何か恩恵があれば、猿にとっても救いになりそうなものですが。

と思っていたら別の作品で『品川猿』というものがあるんですね。それも今回読んだ『品川猿の告白』より前に掲載されています。『東京奇譚集』という短編集に収録されているみたいですね。

あらすじを読んでみると、今度は女性にも利点がありそう。続き物なんですかね?

また機会があれば読んでみたいです。


テーマ

テーマ?そんなものはどこにも見当たらない。

ただ人間の言葉をしゃべる老いた猿が群馬県の小さな町にいて、温泉宿で客の背中を流し、冷えたビールを好み、人間の女性に恋をし、彼女たちの名前を盗んでまわったというだけのことだ。

そんな話のどこにテーマがあり、教訓があるだろう?

村上春樹『一人称単数』

この部分、とても新鮮で面白かったです。
私は自分なりにテーマや教訓を考えながら読書をするのが好きなので、なんだか拍子抜けしましたね。

でもそういったことを抜きにしても、読んだ人の数だけ思うことはある訳で。読者の反応を楽しんでいるようなユーモアを感じました。

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