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ゴメが啼くとき(連載4)

 その年(一九三七年)の九月、文江は二年の奉公を終え、フンコツの佐藤家の一員となった。
 目黒の坂本家での生活が身についているのか、暫くは佐藤家での生活に馴染めなかった。今までの習慣で朝の五時前には起き出してしまう。掃除、洗濯など小まめに働いた。
 あらかた仕事が終わった頃、嫁のシゲが起き出し朝餉の支度を始める。文江はそれを手伝いながら、坂本家での話をするのであった。

 一カ月が経ったころ、庶野の尋常小学校に入るため、文江は佐藤の叔父と一緒に一里ほど歩き、小学校に出かけた。
 職員室の奥にある校長室に通された。
 鼻の下に立派な髭を蓄えた校長が、
「文江ちゃんは目黒の学校へは通っていましたか?」と聞いた。
「いいえ、子守りが忙しかったので行っていません」
「字は書けますか?」
「いいえ、書けません」
「字は読めますか?」
「いいえ、読めません」
「分かりました」
「佐藤さん、この子を一年生の組に入れましょうか」と校長は、佐藤の叔父
 に同意を促した。
「校長先生の言うとおりに・・お任せします。よろしく頼みます」
 文江はすでに八歳である。読み書きができなければ、一年生から勉強しなければならない、と叔父は得心した。
 帰り道、叔父の後ろを歩きながら、文江の心は弾んでいた。これでやっと勉強ができる。しっかり勉強するぞと心を決めた。
 しかし、その決意も程なく挫折してしまう。

 学校に通い始めて三日後の朝、佐藤の爺様が、布団の中で冷たくなっていた。
 その日の朝、なかなか起きてこない爺様を見に行った文江は、爺様に声を掛けても反応が無いことに驚き、佐藤家の皆を呼んだ。
 いままで、奉公に行っていた文江を気遣い、応援してくれていた爺様が亡くなった。
 文江は悲しみにくれた。近くのドンドン岩に行き、声をあげて泣いた。その日、文江は学校を休んだ。
 

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