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ゴメが啼くとき(連載20)

 文江は、信子のいなくなった澱粉工場をやめ、幌泉の鰊場のお茶汲み婦として働いた。歌別からの通いは遠いので、大和寿しの二階の一室を借りることにした。大将も女将さんも、快く承諾してくれた。しかし、実母のハナは、反対だった。うらわかい子が、一人で生活することに.…。

 文江にしてみれば、今まで自分に何もしてくれなかった母親が、なぜ反対するのかと不服だった。後になってその理由が判るのだった。

 文江の荷物には下村先生から貰った『孝女白菊』の絵本が入れてあった。
 既に絵本の四隅が擦れて白い肌が見えていた。今まで何度となく眺めた絵本だ。文江の一番大切なものなのだ。文字は辛うじて読めるようになった。
鉛筆で文字書きの練習もしてきた。ただ、殆ど学校には行かなかったというより行けなかった。勉強は出来なかったが、小さい頃から他人の中で育ち、苦労をした分、自然と生活上での知恵が備わって来ていた。
 
 幌泉の鰊場では、気の荒い男連中に混じって、文江は働いた。
 時には、耐えきれないほどの事もあったが、気の優しい勇が、いつも味方になって助けてくれた。文江は、徐々に勇にかれていった。

 ある日、皆の居ない、網がうず高く積まれた小屋で、文江は勇に抱かれた。女の喜びを初めて知った。

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