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【連載】しぶとく生きていますか?⑥

 フンコツの隧道に到着した茂三と佐伯は、あまりの人だかりに驚いた。どこから聞きつけたのか、既に目黒あたりからも人が集まってきていた。

 庶野の若い衆が遅れて到着した。トラック三台に分乗して十人ほどが駆け付けた。すぐ打ち合わせに入った。
 波打ち際にはクジラが横たわっていた。クジラは沖に流されないように太いロープで岩場に括り付けられていた。
 茂三の顔を見た淑子が、
「あんた、どうしたのさ! その包帯」と驚いて茂三に近寄ってきた。
「たいしたことない。ヒグマとじゃれ合っただけだ」と茂三が言うと、佐吉という目黒から駆け付けた男が、
「茂さん、ヒグマとやり合ったのかい、勇気あるな、何処さ出たのかい?」と聞いた。
 茂三は、庶野の駐在所の裏で、ヒグマと格闘したことを説明した。
 ほかの男が、「それでどうした?」と聞いた。
「ヒグマがよろけたところで、田所巡査が一発撃った。ヒグマの右肩に弾があたって、裏山に逃げた。手負いになってしまった」
「田所巡査は?」と淑子が茂三に聞いた。
「すぐ、小学校の校長先生に連絡をいれ、浦河にも連絡した。五人の応援部隊に来てもらった。いま庶野では大騒ぎさ」

 クジラの解体処理作業は横に置き、みな茂三の話に聞き入っていた。
「ヒグマ対応は彼らに任せ、ワシ等は急いでこっちに急いだ。若い衆も来てもらった」と茂三が血のにじんだ左頬に手を当てながら言った。
 クジラの大きさは長さ八メートルもある。若い衆の一人が、
「このクジラはミンククジラだな」と言った。

 若い衆十人に、目黒から駆け付けた七人、他に女衆が十人ほどで、クジラの解体が始まった。なぎなたの様な長い包丁でクジラの肉を切り分けていく。それを手際よくトラックの荷台に運ぶ。無駄話をしている暇はない。
「それ、早くそのモッコをこっちさ、もってこい!」
「おーい、こっちの肉を早くトラックに運んでくれ!」
「フンコツと目黒の人たち、この肉を持って行って食べれ、美味いぞ」と若い衆の一人が言って、淑子に手渡してくれた。
 若い衆は、手慣れていると見えて、仕事が早い。うろついていると、突き飛ばされてしまう。集まった人たち三十人ほどが、黙々と作業を続けている。
 上空では、ゴメやカラスが、ガヤガヤと騒いでいる。
 午後の二時頃には、ほぼすべての部位の解体が終わった。三台のトラックは、庶野を二回ほど往復した。

 若い衆が帰った後には数人のフンコツと目黒からきた人だけが残った。浦河から応援に来た佐伯巡査も、若い衆と一緒に庶野に引き上げた。

 辺りは夕闇に包まれた。日中の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

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