小学校理科の学習内容を日常生活や社会との関連から捉え直す

〜新学習指導要領とSDGsとの接点を通して〜


1 理科教育の現代的な課題

国際教育到達度評価学会(IEA)が4年ごとに国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)を実施している。最新の調査は2019年に実施された。教科の平均得点については、小学校(対象4年生)・中学校(対象2年生)いずれも、算数・ 数学、理科ともに、引き続き高い水準を維持しているものの前回調査に比べ、小学校理科においては平均得点が有意に低下しており、得点分布でも上位層の割合が減少していた。質問紙調査では、小学校理科については「勉強は楽しい」と答えた児童生徒の割合は増加しており、引き続き国際平均を上回っている。しかし、中学校理科については「勉強は楽しい」「理科を勉強すると、日常生活に役立つ」「理科を使うことが含まれる職業につきたい」と答えた児童生徒の割合は、国際平均を下回っている。(右図:文科省HPより)


TIMSSの問題の枠組みは、「内容領域」と「認知的領域」の2つの領域からなる。内容領域とは学校の理科で学ぶ内容のことで、認知的領域とは知識に関することや応用に関すること、および科学的な証拠から結論を導くために科学的概念や原理を適用して推論することが問われる内容になっている。

TIMSS2019における理科教育の課題は2点にまとめられる。1点目は小学校理科の全体的な水準は高いものの学力上位層の維持・発展には課題がある。2点目は中学校において、「理科を勉強すると、日常生活に役立つ」「理科を使うことが含まれる職業につきたい」と答えた生徒の割合が、国際平均より大きく下回っていることである。小学校の検査対象学年が4年生であることから、小学校高学年になるにつれ、中学校のデータに追随する傾向が見られるのではないかと考えられる。すなわち、小学校の高学年になるにつれて理科で学んだことが日常生活に役立つ実感が乏しく、理科を学ぶことと職業との結びつきが弱いという傾向があるのではないか。小学校4年生段階で「内容領域」と「認知的領域」の2つの領域が国際的に高い水準にあるにも関わらず実生活における科学的な思考や課題解決の基礎概念として活用する基盤が脆弱なのである。また、理科を使った職業につきたいと思う割合が少ないことは今後ますますイノベーションが必要とされるSociety 5.0社会の到来に向けて国家的にも大きな課題が潜んでいると考えられる。


2 SDGsは理科と社会をつなぐ接点である

TIMSS2019の結果を受けて文部科学省は理科における新学習指導要領の改定のポイントを次の2点で示している。

・自然の事物・現象に進んで関わり、見通しをもって観察、実験などを行い、その結果を分析して解釈するなど科学的に探究する学習を充実する。

・理科を学ぶことの意義や有用性の実感、及び理科への関心を高める観点から、日常生活や社会との関連を重視する。

また、OECD(経済協力開発機構)が実施する学習到達度調査(PISA2018)の結果を受けて文部科学省は新学習指導要領における理数教育の充実を次のようにまとめている。

・理科教育における、日常生活や社会との関連を重視する活動、実験・観察など科学的に探究する活動の充実を図る。

これからの理科教育には科学的な知識や技能を習得させるにとどまらず、科学的リテラシーを基盤にして身の回りに存在する課題解決に対して積極的に関わろうとする力量を身に着けさせることが求められているのである。そのためにはカリキュラムマネージメントにおいて理科を学ぶことが社会や地球規模の課題解決につながるストーリーを子どもたちに提示することが有用である。そこで近年、国際協力にとどまらず教育や政治、および経済活動などさまざまな分野で取り上げられているSDGsに注目したい。SDGsは理科教育と社会との接点を考える上で現代的なテーマである。


3 理科教材としてのSDGs

2015年、国連本部において、「国連持続可能な開発サミット」が開催され、150を超える加盟国首脳の参加のもと、その成果文書として「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択された。アジェンダとは目標の実現に向けた行動計画のことである。「だれひとり取り残さない」という共通理念のもと、地球環境を維持しながら豊かに幸せにくらしていくための世界規模の行動目標が「持続可能な開発目標(SDGs)」である。

SDGsができる発端は1972年ストックホルムで開催された人間環境会議に遡ることができる。50年前から環境問題と開発の両立が地球規模の大きな課題になることが叫ばれていたのである。大量生産・大量消費による資源の限界や豊かな人と貧しい人の格差が広がる社会、および地球温暖化や海面上昇など気候変動による地球環境の悪化が予測されていたのである。2002年には持続可能な開発のための教育(ESD)が重要な課題として取り上げられ、2012年リオ+20会議を経て2015年のSDGs採択につながっていく。

SDGsの考え方の特徴は2030年の世界のあり方を想定して今後の10年間の行動計画を示している点である。これをバックキャスト思考といい、気候変動を例に取るとこれからの10年間にどのような環境対策が取られるのかが持続可能な地球環境を手にできるかどうかを決定するといわれている。まさに子どもたちに手渡す未来の命運がかかっている喫緊の行動目標がSDGsなのである。

では、小学校理科とSDGsの関連を具体的に見ていきたい。植物の学習を例にあげると、小学校3年生から植物の成長と体の作りを学び、順次6年生までに植物の構造と機能、生命の連続性、生物と環境の関わりについて学んでいく。SDGsは17の目標と169のターゲットからなっており、その中には「飢餓をゼロに」という目標がある。我々は米や小麦などの栽培植物によって日常の食料を確保しているが、栽培にはさまざまな環境的な制約がある。水稲は読んで字のごとく栽培に多量の水を必要とする。飢餓が発生しやすいアフリカ諸国にとって乾燥地帯の多い地域では水稲の栽培は不可能に近い。その不可能を可能にする米が「ネリカ米」である。ネリカ米とはアジアイネとアフリカ稲を交配してできた品種で、耐乾性・耐病性が高く、アフリカ特有の高温で乾燥した気候にも負けない高収量の米である。日本もJICAなどを通して品種開発・普及を支援してきた経緯がある。種籾は市販もされており校内の畑で栽培することもできる。植物について学ぶ際、ネリカ米を教材化することで学びが社会とつながっていく。理科の学習と社会との接点を考える上でSDGsは新しい切り口を提供する。次回は新学習指導要領に触れながら具体的に小学校理科の教材としてのSDGsを取り上げたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?