見出し画像

白くま日記(過去日記の再投稿)

アイスの白くまが好きだ。
現にときどき食べている。
けれど白くまとの出会いをさかのぼると、はるか昔の国鉄(今のJR)の、とある駅構内キヨスクでの光景が浮かび上がってくる。

学校は夏休みだった。
田舎の祖母の家に遊びに行く途中だった。
父は車を運転しない人だったので、遠出はいつも汽車(今の電車)だった。
父はそのよく晴れた夏の日、
「おやつを買おうじゃないか」
と言った。
いつものキャラメルだろうか、と心はずませながらキヨスクに向かったけれど、父がわたしを連れてのぞき込んだのは、駄菓子コーナーではなく冷凍庫だった。
「これを買おう。うまいんだぞ。」
と父は言うと、カップアイスをひとつ取り出し、100円を支払った。

「100円もするアイスなんだ!100円もするアイス買ってもらえるんだ!」

とわたしは軽く興奮した。
カップアイスのふたには、『白くま』と書いてあった。
そして、灼熱の太陽の下、駅のホームで初めて食べたアイス『白くま』はたまらなく美味しかった。 

「さすが100円のアイスだ!」

わたしは大喜びして、その日のことを小さな胸に刻んだ。


それから数十年が経つ。
今年もまた夏がやってきた。
一昨年の夏、わたしは初めて知った。
白くまってアイスは、あちこちのメーカーから出てるんだってことを。
どうやら、かき氷に加糖練乳かけてフルーツと小豆を添えたものはみんな白くまっていうらしい。
カップアイスだけではなく、バータイプのものも豊富にある。
父は93歳になった。
きっと今でもときどき白くまを食べることがあるだろう。
父はあの夏の日を覚えているだろうか。
それとも、そんなちっぽけな出来事は、もうすっかり忘れてしまっているだろうか。

「まあいいよ」

と思う。
そんなちっぽけでつまんないことは、わたしひとりがそっと覚えているだけでいいよ、と思う。
そして、あの日の特別な『白くま』ではなくとも、今日も白くまはとっても美味しい。

この記事が参加している募集

夏の思い出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?