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虎の子日記    男のショットグラス

私はバーテンダーのはしくれである。
BARにはお酒の数だけ人間模様がある。

BARといえばウイスキーをはじめいろいろなお酒を楽しむ場であるが、中でもカクテルは飲み方の流儀がある。
カクテルにはロング、ショート、という作り方があり、ロングは通常、氷をグラスに入れ、リキュールを炭酸などで割って作ることが多い。
ジントニックなどがこれにあたる。これは単純にグラスの大きさを言うのではなく、”ロングタイム”という意味で、氷が入っているのでぬるくなりにくく、多少の時間をかけて飲んでも良い。
対してショートは、シェイカーにリキュールやほかの材料と氷を入れて、シェイクする段階で冷やすのである。
ドラマなんかで色っぽい女性がカッコよく飲んでいる三角の小さなグラスで出てくるアレだ。
ショートカクテルはグラスに氷を入れない。
なので ”ショートタイム”。ぬるくなる前にクイっと飲むものなのだ。

これを読んでくださったダンディ&レディにはぜひ覚えていていただきたい。ショートカクテル一杯をだらだらと時間をかけて飲むのは美しくない。キンキンに冷えて美味しい状態のうちに飲み干していただきたいものである。

うんちくが長くなったが、私がBARで仕事を始めてから後にも先にも史上最短時間でカクテルを飲み干した、最高のダンディのお話をしよう。

その男性は一人で入ってきた。
何度か来店されているらしく、マスターも見知っていた。
「今からアニキに人を紹介してもらうんすよ。上手くいけばその人からデケえ仕事もらえるんで、しくじれねえ。」
ここだけ聞くとその筋の人がヤバい仕事の取引をするようにも聞こえる。
彼にとっては今後の人生を大きく左右する人物との初顔合わせのようで、緊張している様子だ。
「やべえ。手が震える。マスター、テキーラ。ショットで。」
緊張か武者震いか、一杯ひっかけて気合を入れようとしているようだ。
テキーラのショットというのは凍らせたショットグラス(日本酒のおちょこくらいのサイズ)にテキーラの源酒だけを注ぐ。冷の日本酒のような飲み方だ。テキーラの場合、塩とライムを添えて、かじりながら飲む。

その男性はマスターが注ぐや否や、ライムも塩も口にせず、一気に飲み干した。
「効いた。行ってくる」
そう言い残し、釣りはいらねえと札を置いて出て行った。
店に入ってから5分と経っていなかっただろう。なんともキレの良い、見事な景気づけの一杯だ。

ヤバい会話とは裏腹に、短パン、Tシャツ、野球帽姿の彼は、BIGな仕事を掴めたのだろうか。
それからお会いしていないが、心より生存をお祈りする。

ボーイズよ、これがオトコの出陣の酒だ。
バチェラー改造計画はまだまだ続く。


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