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空の終わり #短編小説

寂しいんだ。
そう言われると癪に障るのは、私が子供だからだろう。そして大人になることに憧れを持たないからだろう。落ちかけた陽は長い影を伸ばしていて、崩れかけた雲が群青をまとっていた。

すぐ、終わるから。
私は微笑む。分かっている。言わなくてもいい。あなたは既に時間を持っていない。目の前に佇むあなたは嘗ての面影を失い、あなたの言葉がかろうじてあなたと私をつないでいるだけ。そう感じられる程度だった。

愛していたよ。
唇がかろうじて音を紡ぐ。

こんな時にも過去形を使うのね。
私の瞳は多少の憐れみで斜めになる。微笑む気配が返ってくる。

ごめん。現在進行形は死ぬことだけで手一杯で。
あなたらしい言い草ね。そんなあなたが好きだったわ。
そう、ありがとう。

一瞬の光とともに空が真っ暗になり、私の世界は暗闇に変わった。轟音。何も聞こえない程度の風圧。全ての気配が怒涛のように駆け巡り、最後の悪あがきをしているようだった。

無音地帯。反射的に閉じた瞳を開けてみると、そこには何もいなかった。冷え切った宇宙。白色矮星の群れ。遠くに見える赤色巨星が、生命のいる惑星を飲みこんでいくのが分かった。誰も何も求めていなかった。

五十六億七千万年、彼女はただ、眺め続けていた。これから続く空漠を思いながら、彼女は夢の切れ端の誰かを思い描いていた。

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