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キャリアチェンジを「もったいない」と言わないで

昨年、6年半勤めた銀行を退職した。

お世話になった先輩や同僚の中には「長い間お疲れさま、新しい職場でも頑張ってね」と温かい言葉をかけてくださった方もいた。

その一方で「もったいないね」と言われることが、なんだか苦しかった。

誰に何度言われたか分からないが、それなりの勇気を持って決断し、新しい道へ進もうとする前向きな気持ちを、削ぎ取られている気がしてならない。
後悔もしないと固く誓っているのに、その意思を揺さぶってくるような居心地の悪い言葉だった。

当人たちの物言いに悪意がなさそうな様子が余計に、違和感として強く残る。

そもそも、何がもったいないんだ。
大手企業から離れること?積み上げた知識や経験がリセットされるから?もったいないという言葉のオブラートに包みながら「この会社から離れると後悔するよ」とでも言いたいのか。

決して応援やねぎらいの言葉が欲しかったわけではないが、もったいないと言われ続けるたびに、胸の奥がチクっとする日々を過ごした。

・・・・・

ねぇ。もったいないってどういうつもりで言ってるんだと思う?

飲みに行った同期Aに退職の報告がてら聞いてみた。私があまりにも前のめりだったからか、近くない?とやや面食らった表情でこちらを見ている。

転職したこともないオッサン達の戯言なんて気にする必要ないよ、と少し眉を寄せて前置きしながら

「正直、そんなに深い意味なんてないと思う」

……え?意味なんてない?

「思ったことをなんとなく口に出してるだけだよ、みんな」

ほらほら、気にしないで飲も!転職うらやましいわーなんて言われながら、グラスになみなみと注がれたワインを流し込むうちに、その場では気にならなくなり、どうでも良くなった。


深い意味はない……か……。

すっかり明かりを失った帰り道を歩きながら、同期の言葉を頭の中で何度も交差させる。酔いが醒めるとまた考え込んでしまっていた。
いっそ醒めなければ良かった、なんて面倒くさい思考が余計にためいきを深くさせた。

私なら、そんなことまず言わないはず……と考えを巡らせていたその時、過去の記憶がものすごいスピードで引き出され、ぱっと目の前にあらわれた。


私も、数年前転職を決断した友人Sちゃんに「もったいない」という感情を抱いたことがある。

当時は、ひとつの会社にずっと留まりドロップアウトしないことこそが正義だと信じて疑わなかった。決断した彼女の意思をおしはかろうともせず、会社になんとか残ってもらいたい一心で「やめたらもったいないよ」と説得し続けていたことを、鮮明に思い出した。

あのころの私は「もったいない」という言葉の中に閉じ込めた価値観を、相手に押し付けていたのだ。

思い返す機会がなければ忘れてしまっていたほど、無意識に。

同期Aの言っていたことも、なんとなく分かった。


ああ、なんて残酷なことをしていたのだろう。

Sちゃんも、きっとモヤモヤした気持ちを抱いていたに違いない。あの時気付けなくてごめんね……。

「もったいない」と言われるのがどうして息苦しかったのか。同じ過ちをしていた自分を振り返ることで、ひとつ分かった。

・・・・・

今後、転職をはじめ別のキャリアを歩む決断をした人がいたとしても「もったいない」と安易に言わないし、思うこともやめる。
そうではなく、本人が意思を持って決めたことを後押しする言葉をかけてあげたい。

Sちゃんも、さらなる挑戦のために現在二度目の転職活動中だ。
報告を聞いて、今度はもったいないどころか「いいじゃん!応援してる!」と自然に言葉が出てきたし、私も頑張らなきゃな、と刺激をもらえた。

この春、新たな一歩を踏み出す人も多いだろう。周囲に何と言われようと自分の描いた道を進んでほしいと思うし、その姿を心から応援したい。


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