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【小説】とあるおウマさんの物語(16話目:緊急プロジェクト『小坊主プラス3』発足)

前回までのあらすじ

理念は「2着こそ至上」。能力はあるけど、上は目指さず気ままに日々を暮らしていた1頭の芦毛の競走馬:タマクロス。

なんだかんだで重賞初挑戦となり、そこで狙い通りの2着になったものの『優先出走権』のルールを知らず、ついにGⅠ出場となってしまう。その夜は盛大な宴会が開催されると思いきや・・・


本文

初めての重賞で2着、しかもGⅠ出走権獲得! 当然、その夜は祝いの宴が繰り広げられ、皆でいつも以上のどんちゃん騒ぎに・・・なっていなかった。
 
しーーーーーーーーーん
 
人は大勢いる。鈴木厩舎の関係者はみな揃っているのだが、俯いたりあらぬ方向を見ていたり。
静まり返っているせいか、ごくりと酒を飲みこんだり、ポリッとつまみを食べたりする音が聞こえるぐらいで、お祝いとはかけ離れた雰囲気だ。
 
どうやら喜びが通り過ぎて、今更ながらとんでもない事態になった事に、この人たちは気付いたのかもしれない。時折、鈴木の調教師のおっさんは

『まさか、GⅠでも天皇賞に出るなんてな・・・』なんて、今からプレッシャーみたいなものを感じているし、鈴木厩務員その一さんは

『これは、そう、きっと夢だ。ホントの自分は暖かい布団の中にいるんだ。』なんて現実を否定し始めているし、鈴木の小坊主に至っては

『僕、母さんに電報打たなきゃ』と、いつの時代だよみたいな事を呟いてる。
 
「なんなんスか、このお通夜みたいな雰囲気は。みんな、もうビビってるんスかね~。走るのはセンパイなのに。」

「あれじゃない? タマが一気に駆け上がっていったから、心が追いついてないんじゃない?」

一方、我ら馬たちは普段通りだ。餌やそこらへんの草をつまみに、自由に飲んでいる。
 
「あ、グラス。その草は止めとけ。不味いし腹壊すぞ。」

そういう当の俺は、すでに諦めの境地に入っていた。だって半年前は2勝クラスでうろうろだったのに、あれやこれやでGⅠですよ? もう、笑っちゃうしかないよね。あはは~~。
 
「いや~~、しかしセンパイは凄いっスね! やれば出来る男だと思ってたっスけど、まさかGⅠまで行くとは! あっと驚く為五郎っス!」

「ホンマやね~。もう、後光が差してるように見えるわ。」

「私はタマジロウ殿は、当然ここまで来ると思ってましたぞ!」

グラスワインダーにメシアマゾン、それにメグロマックはここぞとばかりに俺を持ち上げて来る。
 
「・・・あの薬が、効いたのかも。・・・もっと作るか。」

オルフェーブーは何やら危険な発言をしているが、そんな訳はないだろうと言いたい。そして、あの腹下しは自家製だったのかと、別の意味で驚く俺。
 
「そうよね~。もしかしたら、このまま一気にGⅠ馬に・・・。」

「マジっすか~。そしたら、銅像建つっスよ!」
 
「なりません。いや、なれません。」

グラスワインダーとジンロ姐さんが悪乗りし始めたので、俺は即座に否定する。

「またまた~~、そんな事言って。」

「そうですぞ! 銅像がいやなら金メッキすればよいですぞ!」
 
マックが方向性がずれた発言をしているが、俺はそれを無視する。

「だって、最高峰レースですよ? そんなのに出場するだけで奇跡ですよ? 俺なんて、大した血統でもない。厩舎だってポンコツ。ジョッキーに至っては洟垂れ小坊主・・・勝てる要素なんて、何一つないですよ。」
 
(出るだけ恥だよ。)

この言葉はかろうじてこらえて、弱音を吐く。すると、姐さんが反応する。
 
「もう!タマったら、まだぐちぐち考えてるの? あなた、頭が回り過ぎるから、余計な事を考えちゃうのよ。重賞で2着だったんだから、GⅠでもそこそこいけるわよ。・・・ちょっとはあの人たちを見習って、何も考えずに突っ走ってみたら?」

と向こう側を見ながら言う。
 
「へ? 向こう?」

俺はジンロ姐さんの視線を追ってみる。
すると、鈴木厩舎関係者はさっきまでの静けさはどこへやら。いつものように、いや、いつも以上に盛り上がっていた。

(なんなのこの人たち。)
 
―1週間後、G1まで残り2週間―

「た、た、大変っスよ~、センパイ! 事件発生っスよ~!」

グラスワインダーがわめき散らしながら、俺の方へと駆け寄って来る。こいつが大袈裟に騒ぐ癖があるのがわかってきたので、俺は努めて冷静に返す。
 
「落ち着け、グラス。こんなポンコツな厩舎で事件など、そうそう起きる訳ないだろう。どうせ、社有車のアクティが故障したとか、そんな程度だろう?」

「それがそうでもないんよ、タマやん。」

これにメシアマゾンが加わって来た。
 
「あんな。さっき、調教でグラやんと一緒だったんやけどな。そん時、調教師と厩務員が話してるのを聞いたんや。」

メシちゃんはきつい発言が多いが、割としっかりしてる方だ。なので、俺もちょっぴり気になってくる。

「で、話って?」

「え~とっスね。なんでもGⅠで騎乗するには、累積で31勝挙げないとダメらしいんスよ。で、センパイの大親友かつ主戦ジョッキーである鈴木騎手、なんと3勝足りないんスよ!」
 
誰が大親友だ! 変な事言わんでくれ! ていうかあいつ、何気に28勝もしてたのか。そっちの方に驚く俺。

「ふ~ん。でも、そしたら別の騎手に依頼すればいいだけだろ?」

騎手の乗り替わりはよくある話だ。なので、なんでそんなに騒ぐのかがわからない。
 
「そうなんスよ! ここからが本題なんスよ! ではメシちゃん、どうぞ!」

ここでメシアマゾンが説明に入る。

「タマやんの言う通りで、さっき聞いたのが、その代わりのジョッキーをな、短期免許で来てる外人はんに依頼しようかって話やねん。でもな、そうすると依頼料が高くつくらしくてな、その分どっかから予算を回してこないといけないらしいねん。」
 
「そうなんスよ! その予算って言うのが、宴の費用なんスよ! センパイが勝ちまくったせいで、補正予算を組んでやり繰りしてたらしいんスけど、それも限界らしいんスよ!」

「・・・・・・」
 
突っ込みたいところは色々ある。勝ちまくったせいと言われるが、賞金を獲得したのだから、それは筋合いが違うだろう。それとこのポンコツ厩舎、予算管理をしていた事に驚きを隠せない。どうせ、ドンブリ勘定だろうと思っていたのだから。
そして、何よりも、
 
「つまり君たちは、俺の騎手が誰になるかより、宴会が無くなる方が問題だと。そう言いたい訳だね?」

「はいっス!」

「あたりまえやん!」

・・・大変正直でよろしい。というより、正直すぎて少しムカついてくる。
 
「あのなあ・・・」

と、自分の考えを言おうとした瞬間、背後にゾクっと悪寒を感じた俺。恐る恐る後ろを振り向くと、そこには真剣な表情をしたジンロ姐さんが立っていた。

「それは・・・問題ね。いえ、大問題だわ!」

こうしてジンロ姐さんの声掛けで厩舎の馬全員が集められ、急遽会議が開かれることとなった。
 
「・・・という事で、次の開催週で鈴木騎手を3勝させる必要があるのよ。皆、わかった? これは、鈴木厩舎初まって以来の大問題よ!!」

熱く力説するジンロ姐さん。厩舎初まって以来って・・・、幾らなんでも大袈裟過ぎでしょ、と感じる俺。
 
だが、集まった皆の眼差しは真剣で熱く燃えており、ジンロ姐さんの演説に対し「はい!」と皆答えている。

(・・・皆、そんなに宴会が好きだったのか・・・。)
 
俺としては、正直外人ジョッキーに乗ってもらいたいという気持ちが多少はある。やっぱり腕は一流だし、実は俺の勝ち星のうち、一つは外人ジョッキーが騎乗した時のものなのだ。

「ところで、グラス。頼もうとした外人ジョッキーって誰かわかる?」
 
俺の問いに、もうリサーチ済みですよ? とばかりに、自信満々に答えるグラス。

「当然っス! ベル・ツリー騎手っていう、超一流の騎手っスよ!」

ベル・ツリー・・・、日本語訳だと『鈴木』・・・。なんだか運命のようなものを感じる俺。
 
「なに? タマ? あなた、大親友よりも異人の方がいいっていうの?」

怖い顔してジンロ姐さんが言うので、俺は慌てて否定する。

(大親友じゃないですってば!)

これは心の中での小さな抵抗に留めておく。
 
こうして本人の意思とは無関係に、小坊主をGⅠに騎乗させるプロジェクト、名付けて『小坊主プラス3』が発足したのだった。
はてさてどうなることやら・・・、俺は正直どうでもいい感覚でいた。

つづく

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