見出し画像

ソニックフロンティア

「うわーーっ!」という叫び声が、リビングに響き渡る。テレビの画面にはMISSの4文字が浮かび上がった。私は、2022年11月8日に発売された『ソニックフロンティア』というゲームで遊んでいた。ソニックという青い小さなハリネズミが、広大な孤島やステージを駆け回る。古代文明が残る大地を、右に左に走り、はぐれてしまった仲間たちを探しに行くのだ。ゲームにも関わらず、風が正面から顔にぶつかり後ろに伸びていくような疾走感がある。バイクに乗ってちょっとスピードを出した時のようだった。

 ソニックはとても速く走る。音速ハリネズミというぐらいだから、そこらのバスや車なんかよりも速い。遠くに見える山までもひとっ飛び。移動速度がとても速いので、勢いあまってうっかり崖から落ちたり、ステージの対岸に渡り切れず落ちてしまう時がある。そんな時、ゲームオーバーになってソニックは「うわー」と声を挙げるのだ。心なしか、今作はソニックの声が小さい気がする。といっても、これまで1作しか遊んだことがないが…。もしかすると広い空とどこまで続く緑の土地に、声が吸われているのかもしれない。だから私が代りに「うわーーっ!」と叫ぶ。ありったけの悔しさをこめて。

 22時過ぎ、夫が帰ってきた。最近仕事が忙しいようで、私が既に夕食済ませてゲームを始めて数時間という時に、夫が帰宅する。リビングで、方や夕飯食べ、方や画面の中を走り回り、時たま「うわーーっ!」と叫ぶ。操作を間違えたら、やり直し。自然と集中、というよりも熱中してしまう。

 そのとき、ピポっという軽やかな音がした。横を向くと、夫がスマホを私に向けていた。撮られた! 熱中していると、どうやら姿勢が悪くなるらしい。気が付くと、ソファの上に背中を預けて、台形のブリッジのような体制になっていた。それからというもの、毎日夜遅く夫は帰ってきて、食卓に着くと私のゲームをする姿を動画に撮った。動画を撮るだけで、傍でゲームの様子は見てくれない。ご飯を食べ終えると、そそくさと寝室へ寝ころびに行った。

 ゲームを数時間続けていると、集中出来なくなりふと立ち上がりたくなる。そんな時は、ベットの上でスマホをいじる夫のそばへ行き、一緒に横になる。心地よい。隣のリビングからはゲームの音が漏れている。しばらく夫はじっとしていたあと、「どうせすぐにソニックに行っちゃうんでしょ」と私を一瞥して、スマホに視線を戻した。その通り。気分転換が出来たら、また続きをする。つかの間の休息を得て、また、コントローラーを握った。

 そんな夫でも、ボス戦が始まるとテレビの前にあるソファーにやってきて、テレビを見た。ボス戦では、ソニックが金色に輝き空中を飛び、無敵状態になる。強大で巨大な敵にと比べると、ソニックはとても小さくか弱い存在に見えるが、彼は大きさの差ももろともせず、敵に攻撃を加えていく。このバトルの時、ロックのような、ヘビーメタルのようなとてつもなくかっこいい音楽がかかるのだ。夫はその音楽を聞くために、横に来ているようだった。

 コツコツとゲームを進めた結果、気づけばストーリーのクリアも近づいてきた。無駄にステージ外に落ちてゲームオーバーになることもなくなり、「うわー-っ!」と言う頻度も少なくなった。操作が上手くなったのかと、(もしくはゲームが操作が上手いと思わせてくれたのか)、心の中で喜んでいたが、夫が「もう『うわー-っ』て言わないの?聞きたいから言ってよ」と言い出した。でも、死なないから言ってあげない。

 ゲームを始めてから20数時間後、終わりはやってきた。幾度かの再挑戦の後、最後のボスを倒した。クリアして、ようやく終わって嬉しいという気持ちと、もうこの爽快感が終わってしまったのかという寂しい気持ち。せっかくなので、夫が撮った動画を見せて貰った。カメラロールのなかの私は、ソファーの上で座禅を組んでいたり、地べたに座り足の裏同士をくっつけてひざを地面につけていたりと、どれも変な恰好をしていた。中でもとりわけ気になったのは、遊んでいるときはあんなに熱くなっていたのに、写真越しではすんとした真顔であったこと。よく、ゲームのロード中に画面が暗転し、自分の顔が液晶にぼんやりと映ることがあるが、その顔のブサイクなことといったら。そんな動画を残して何になるのか。

 そういえば、Amazonでこのゲームを買ったとき、予約特典として「じゃらん」が付いてきた。旅行雑誌がソニックとコラボしたようだ。中を見ると、ゲームのマップや敵の紹介だけでなく、ゲーム中に出てくる場所に近しい日本全国の観光地の特集があった。なんと、私たちの地元もあるではないか!「うわー-」っと言いたくなるようなきれいな景色を求めて、近いうちに夫とどこか旅行に行くのもいいかもしれない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?