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霹靂

 「無理をして理解する必要などないのだ。必要ならばいずれ腑に落ちる時が来る。自分に忠実でいることだ。嘘をつきはじめたら、逃げ水を追いかけることになる」と炎天下の山頂でその方は呟いた。少し間を空け、俺は「そうですね」と答えた。心を見透かされているような感じがしたが、気にはならなかった。

 「天狗になれば鼻をへし折られることになるだけだ」と言い、大きな岩にひょいと飛び移るとその方はカラスになった。不思議とまったく驚かなかった。山頂直下で空を見上げていたその方を見た瞬間から只者ではないことを感じていたからだろうか。すると「何をぼーっとしとるのじゃ」と声が聞こえてきた。

 なんてことはない、白昼夢を見ていただけのこと。「無理をして理解する必要はないぞ。必要ならば必ずや腑に落ちる時が来る」とその方は繰り返すと山の奥へと姿を消した。遠くの富士山には雲がかかりはじめていた。「下山するか」と腰を上げ、暫く歩くと天狗の石碑があったので、一礼し、麓へと歩を進めた。