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明治の農村を読もう!

明治時代が舞台の農村文学を紹介する記事です。そんなことをする理由は二つあって、一つは私が明治文学に今はまっているということ。もう一つは、個人的に農村文学には身に迫って感じられる何かがあり、印象が強いということ。

二つ目はなぜかというと、自分の出自に関係がある。私は田舎の農家の家系に生まれた。子どもの頃からなぜか、生まれたのが明治大正あたりだったら、村から出られず自分の望むような教育も受けられず、農家に嫁いで暮らし、環境に適応できなくて早いうちに死ぬだろうとたびたび考えていた。そんなことから、明治を舞台に農民を書いた文学には、思い入れを感じてしまう。

※『土』の終盤のあらすじを書いているので、知らずに読みたい人は注意。
※この記事のリンクは基本的に国立国会図書館デジタルコレクションの該当作品に飛ぶが、青空文庫にある作品は青空文庫のリンクもつけている。

長塚節『土』(明治43年)

青空文庫
明治の農村文学といえばこれ、という作品。あまり褒めていない感じの夏目漱石の序文も見どころ。
茨城の農民である勘次一家の生活を、農村の風俗などを交えて書いた小説。冒頭から勘次の妻お品の体調が悪くなる描写が続き、結局亡くなる(死因も割と悲惨)。長女のおつぎは15歳でありながら、農業の手伝いと家事と幼い弟の世話に追われることを余儀なくされる。
この後も勘次が窃盗を疑われたり、勘次と仲の悪い義父卯平と同居することになったりとネガティブな出来事ばかり続くので、一体この一家は最後どうなるのかとハラハラしながら読んでいたら、全体の10分の9くらいのところで火事が起きて、勘次の家が全焼する。すごい小説である。
こんな内容だが、私は意外に暗い気持ちになりすぎず、面白く読めた。書かれている農村の暮らしや風俗が興味深いこと、火事の結果勘次と卯平の仲がやや改善するほんのり明るい結末などが理由だと思う。貧しく物が少ない暮らしの中でおつぎが少しの髪油を大事にしているところなどがいじらしく、リアリティがあった。
明治の農民の様子に興味があるなら読んで損はない作品。読んだら思わず内容を語りたくなる魅力がある。

真山青果『南小泉村』(明治40年)

自然主義の作家として世に出た真山青果の出世作で、奥州の農村「南小泉村」で医師として生活した体験を描いた小説。
『土』と異なり、農業の詳細や農村の風俗などはなく、そこに暮らす人々のエピソードが語られる。医者の指示に従わず金がないから治療にも来なくなり病気の子どもを死なせてしまう男、医学の専門学校に通って医者気取りの学生などが書かれる。
私は『土』よりもこちらを読んでいる時の方が暗い気持ちになる。書き振りはからりとしているものの、冒頭の「百姓ほどみじめなものは無い」「僕はその濕氣臭い、鈍い、そしてみじめな生活を見るたびに、每も、醜いものを憎むと云ふ、ある不快と嫌惡とを心に覺える。實際、かれらの中には『生れざりしならば』却つて幸福であつたらうと思はれるのがある」※という文章に表れている著者のスタンスが、人物の描写に反映されている。ここに書かれるのはどうにもならない人々の有り様で、農村の暮らしを自分の身にひきよせて読んでいる私は、この人々の中で暮らすことを考えて憂鬱になってくるのだと思う。
そのように読まない人にとっては、明治の人間のスケッチとして面白いのでは。
※原文では「みじめ」に傍点あり。

伊藤左千夫「隣の嫁」(明治41年)

青空文庫
旧制中学を出て実家の農家で暮らし始めた省作と、隣家の嫁おとよの恋を描いた作品。農村の暮らしと恋というテーマが調和していて面白い作品で、上の2作に比べると明るい。個人的にとても好き。みんなで稲刈りする時に競争したり歌ったりする面白さ、女性たちのちょっとしたおしゃれなどが書かれ、つらいだけではない農民生活の楽しさも表現されているのが特徴。
雨の日は一家揃っておしゃべりしながら作業したり、お風呂を立てるよその家にお風呂を借りに行ったり、農村の暮らしが自然に書かれているのが興味深い。短編で文章も読みやすいので、万人に薦められる作品だと思う。
続編「春の潮」もあるが、こちらは「隣の嫁」に比べるとより省作とおとよの恋の顛末に集中した内容。

徳冨蘆花『みみずのたはこと』(大正2年)

青空文庫
こちらは現在読んでいる作品。東京府北多摩郡千歳村大字粕谷(今の世田谷区粕谷)で半農生活を営む著者の生活を書いたエッセイ。著者は農業で暮らしを立てている人ではないので、他の農村文学に比べると必死さはない。でも井戸がないから玉川から水を汲んでくる話など、当時の田舎生活の細部や苦労が知れて面白い。村の年中行事や葬式などを書いた部分もあり、農村の様子はかなり伝わってくる。自然に関する描写も味わい深い。
私は芦花公園の蘆花恒春園で蘆花の家を見たことがあるので、「あそこでこういう暮らしをしていたのか」と内容がより身近に感じられる。竹がたくさん生えていた記憶があるが、『みみずのたはこと』中に筍が取れるので雑木林を竹林にする人が多いという記述があって、なるほどと思った。京王線の敷設が決まって地価が上がった話などもあって、この近辺に住んでいる人は地域の昔の話がわかるのも面白いのではないか。

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