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夫婦タンデムでの日本一周【総括編】

2022年5月19日から2023年12月23日まで日本一周していた夫婦の妻です。
手段はヤマハのタウンメイト90にタンデム(二人乗り)でした。
ある程度バイク知識のある方なら、「え??過酷では?」と驚かれると思います。
過酷でしたが、やり切りました。
我々が出来たという事は“不可能ではない゛という事です。
後進の皆さんぜひ挑戦してください。

このnoteは、
・何故、日本一周したのか
・日本一周して変わった事(得たモノ失ったモノ)
・夫婦タンデムで日本一周するという事
の3点に焦点を絞って書きました。
その他もろもろ詳しい事は別記事でまとめたいなーと思ってます。

何故、日本一周したのか

 事の発端は我々夫婦が出会う前に遡ります。
2018年ごろ、当時のフィレオ(夫)は超ブラック低賃金企業を辞め無職でした。そして元々放浪癖のある人間な為、次の仕事を探す間に当時乗っていたアドレスで行く当てのない放浪を始めたのです。
しかし当時は、整備技術も知識もまるでなくほぼ車体にはノータッチでした。そのせいで旅の途中に、北海道の天塩町付近にてアドレスは再起不能の状態になってしまったのです。
フィレオはどうする事も出来ず、その時は無念の帰宅となりました。
 
 その後、再就職し私と出会って結婚したのが2021年夏。
その間フィレオはちゃんと会社員として働いていました。
というのも前回の旅は無念の帰宅となってしまった故、彼の中の旅欲求は不完全燃焼で、今度の旅を成功させる為にもお金が必要だったのです。
まぁ実際は私と出会うまでまともに貯金出来てなかったんですが( ^ω^)
 とにかく私は夫には日本一周するという夢がある事をちゃんと理解した上で結婚しました。
そしてフィレオは、次に日本一周する時は一緒に行きたいとも伝えてくれていました。また、日本一周をするならば籍を入れておきたいという考えも一致していました。
だから我々の結婚は「日本一周ありき」みたいなところはあったんですねー。(もちろんそれだけではない)

 と、ここまではフィレオの「旅に出た理由」でした。
次は今まであまり話していない私(妻)の「旅に出た理由」を語ります。

 驚かれる事が多いですが、私はバイクが好きな訳ではありません。フィレオがバイク(というか原付)好きなので、話す上で多少の興味や知識はありますが別に好きじゃないです。
そしてもう一つ、フィレオに出会うまで「日本一周」という概念を知りませんでした。というかバイクに乗った事すらありませんでした。
 ただ、旅行に行ったり知らない所に行くのは昔から好きでしたし、海外一人旅も余裕だし、空港で寝るのを旅程に組み込むタイプの人間ではありました。まぁ新しい環境や過酷な環境への適応能力が普通の女子より少しだけ高いのだと思ってください。
 そのような人間なので、「一緒にタンデムで日本一周しよう」とか「宿泊方法は基本野宿」とか言われても「いいね!楽しそう」と思えるし、普通に順応できたんです。
 フィレオに日本一周しようと言われて思い出したのは、小学生の時通っていた塾の先生でした。その先生は「47都道府県全部行ったことある」と言っていて、当時非常に衝撃を受けました。まぁ、多分その先生は一筆書きで「日本一周」した訳ではないと思いますが、小学生の自分が衝撃と尊敬の念を抱いた存在に自分自身がなれるのだなぁと感慨深かったです。

日本一周して変わった事

 まず失ったモノから
一番失ったのは「道徳観」です。簡単にいえば「普通はこうするよね」みたいな感覚をまるで失いました。というか、我々の中でそれは意味のないモノになりました。
 旅を通して、地元だけで生きていたら出会えなかった様々な人に出会い、本当に様々な考え方や生き方に触れました。
時には相容れない事もありました。でもそれは我々の「普通」と相手の「普通」が違うからだと気付いたのです。当たり前ですが、生きてきた環境が異なれば「普通」も異なります。相手を尊重する意味で相手の「普通」を重んじる事は必要ですが、一方で従う必要もないのです。

色々考えましたが、失ったモノは意外とこれくらいでした(笑)

 次に得たモノ
自分にとって本当に価値あるモノは何かが分かりました。
それは愛だとか臭い話をしているのでありません。そうではなく、お金を払って得るべきモノという意味です。
生活の中で重きを置きたいモノは人によって違いますが、我々2人ともエンゲル係数高めなので「食」を例にお話しします。
 旅前はフィレオがまともに会社員をしていたこともあり、休日に出かけたら普通に外食をし、多少高いなとは思いつつ何の違和感もなくお金を払っていました。それが所謂「観光地価格」でも仕方が無いしそんなものだと思っていたのです。
 しかし、旅に出て各地で様々なモノの値段を見ていると、如何に自分が「情報を食っていた」のか思い知りました。
どこそこの〇〇は有名だからと言って食べたとします。するとそれは、その〇〇を食べただけではなく"有名な"〇〇を食べたという情報も一緒に食らっているのです。他の地域では激安でスーパーに並んでいたりするのにね…。
旅中そういう事例を何度も目撃したので以後は、他に替えが無いモノや明らかに安売りされているモノ以外なるべく買いたくないなぁと思うようになりました。もちろんそういうモノだけを買って生きていくのは不可能なのですが。
要は、旅を通して超ケチになっちゃったんですね。

 次にサバイバル力も得ました。
物理的に生き抜く力も多少得ましたが、それよりも精神的な力の方が得たように感じます。
旅の中でとんでもなく"適当"に生きている人達にたくさん出会いました。例を挙げると、子供が4人いて一番下の子はまだ小学生なのにほぼ無職のおっさんなど…。(その人は経済的な甲斐性でいうとやばい親なのですが、その他の面では本当にいいお父さんでした。)
まぁとにかく、結構雑に生きてても大丈夫だし幸せに過ごせるんだなと実例を持って実感することが出来ました。
 旅を終えて今は2人とも個人事業を始めました。一応仕事はしていますが、もちろんまともに働いていた旅前より圧倒的に収入は少ないです。
しかし、特に焦りはなく「なんとかなるだろうな」と思えています。もしなんとかならなかったら、なんとかすればいいし今の方法がダメだったら別の方法を取れば良いだけと考えています。
 この様に人生を楽観的に考え、「なんとかしよう」と行動出来るようになったのは人生全体において良い事だなと思っています。

夫婦タンデムで日本一周するという事

 まず旅中よく聞かれた質問は、喧嘩しないの?でした。
普通にめちゃくちゃしますよ(笑)
小さな衝突も含めれば、2日に1回くらいのペースで喧嘩してました。やっぱり旅という非日常で起こる全ての事象を、夫婦とは言え他人と常に共有しなければいけないのは想像以上のストレスだと思います。
 ただ我々には、「喧嘩を翌日に持ち越さない」というルールがあり、旅中もほぼそれを守っていました。まぁ小さいテントでくっついて寝るんだから守らないと居心地悪すぎて寝れねぇよな。
あとこれは相性の問題ですが、根本的にどうしようもない争いではなく、どっちかがちゃんと謝れば終わる喧嘩しかありませんでした。
 あと次によく聞かれたのは、お尻痛くないの?でした。
普通にめちゃくちゃ痛いですよ(笑)
運転手(夫)もタンデマー(私)もめっちゃ痛いです。
しょっちゅうお尻に青アザ作ってました。ちなみに、タンデムシートはフィレオの自作でとってもふわふわに作ってくれているんですが、それでもアザは出来ます。

 まぁそんな感じで夫婦で原付二種にタンデムで日本一周するのはとても過酷です。過酷ですが、出来事を常に共有できるというのは喧嘩の元でもあり、そして夫婦で旅する醍醐味でもあります。
一人で旅している複数の日本一周勢から「旅を孤独である」と聞かされました。一人だとふと自分の孤独に心がキュっとする夜があるようです。
我々は嫌でも常に2人なので、そういった事は全くなくてそこはラッキーだったなと思います。ただ、2人の世界にのめり込み易いのでそこは注意が必要です。
 また一人旅だと自分が興味のある所だけに行けて、時間配分なども好きに決められるというメリットがあると思います。一方で、夫婦だと自分は興味が無い所にも行くし、相手が興味なさそうだったらちょっと気を遣ったりもします。でも、感想や意見を共有する事で自分のフィルターだけではなく他人のフィルターを通したモノの見方を知れるのは非常に興味深い事でした。

 とこのように同じ日本一周でも一人でするのと夫婦2人でするのは楽しみ方も大変な事も色々違います。

 では、私から夫婦で(あるいは他人と)旅するコツを教えます。
それはアクシデントを楽しむことです。
例えば夫は旅中に4回くらいウ〇コを漏らしたのですが、私は常にその状況を楽しんでいました。
後処理は多少大変だけど、そもそも大人がウ〇コを漏らすという状況が面白すぎるし、ショックを受けて自分で対処できなくなってしまう夫が最高にツボでした。
ここでもし2人とも悲しくなってしまったり私が怒ったりすると、夫はウ〇コを漏らした自分を認められなくなってしまうでしょう。しかし笑ってあげれば、次も安心してウ〇コを漏らす事が出来るのです。

とまぁ色々山あり谷ありな日本一周でしたが、夫婦で行って本当によかったと思います。
かけがえの無い思い出がたくさん出来て、絆が深まりました。
何度こいつと旅なんかもうしたくないと思ったか数え切れませんが、終わってみれば次も一緒に旅したいなぁと思います!
フィレオありがとう!





 

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