見出し画像

DOUBLE STANDARD 僕とあなたのスタンダード

心の健康寿命を延ばせ

このご時世ですっかりライブというものが開催出来なくなってしまった。
私に関してだけ言えば、2018 年から乳幼児を育てているので、すっかりライブに行かなくなってしまったものの、好きなアーティストがライブをしない世界など想像もしたことがなかった。

ライブに行けなくとも、ツアーが始まれば SNS でライブレポがアップされ、熱心に情報を追いかけなくとも、元気にやっているのだな、と思えた。
今年はそれもない。

ライブというのは良いもので、チケットが取れたらアルバムを聴き込み、ライブの日のランチと夕ご飯を決め、服装を決め、ファン同士で交流し、当日は音楽に陶酔し、帰りの車で CDを流して余韻に浸り、翌日にライブレポをしたためたり、他の人のライブレポを読んだりして、アルバム→ツアーの流れで半年以上は心の健康寿命が延びるのだ。
今年はそれがない。

ライブを失い、心の健康寿命を縮めているときは、好きなことについて考えれば良い。ならば好きなアーティストについて語ればいいのだ。このご時世のエンタメ業界に一石を投じるほど私の石は大きくないが、誰かの心にさざ波を起こせればそれでいい。
というかオタクは誰かの推しを聞くことが好きだし、熱心な布教文を読むと「なるほど聴いてみるか」と YouTube を開き、気づけば CD をポチっているので、この自粛期間にどんどん推しごと文を書けばいいと思っている。

前置きが長くなったが、私が今回紹介したいアルバムは中田裕二の「DOUBLE
STANDARD」だ。


1.DOUBLE STANDARD

アルバムタイトルと 1 曲目のタイトルである「ダブルスタンダード」はあまりいい意味では使われない。

仲間内と部外者、国内向けと外国向けなどのように、対象によって異なった価値判断の基準を使い分けること。二重基準。
出典:デジタル大辞泉 (小学館)

例を出すと
仕事をしている父親が飲み会に行くと何も言われないのに、
仕事をしている母親が飲み会に行くと「子供は?」と言われること
事実は共働きの親が飲み会に行き、行かない親が子供を見ているだけの事なのだけど、父親と母親で親の役割を変えて捉えられること
(育児中の母親っぽい例である…)

アルバムタイトルの真意はインタビューにある。


全ての移り変わりの中で人は生きてるから、昨日まで正解だと思っていたことが、次の日にはもう正解じゃなくなってたりする。
「DOUBLE STANDARD』と付けたのは、人は本来ダブルどころじゃなくて、それ以上に矛盾を抱えて生きてる。それが自然なことなんじゃないかなっていう想いからなんですよね。

皮肉にもこのご時世にピッタリのタイトルとなってしまった。

焦燥感と無常感を救いや解決ではなく寄り添って生きていくことを選んだような歌詞がこのアルバム、ひいては今の中田裕二を象徴する世界観となっている。
導入のアッパーで軽やかに思わせて後ろに引きずるリズムと、サビの重厚に思わせるストリングスに流れるメロディー、正に「DOUBLE STANDARD」な曲である。

02.海猫

大人のための童謡「赤とんぼ」のような情緒に溢れ、昔を慈しむような曲。
「頑張った過去があるから今があります!」ではなく、
「あの時はヒリヒリと思い募らせていた、それが世界の全てだと思っていたけど、そうではないらしい。その時間が今に繋がっているか分からないけど、それを含めて愛おしい」みたいな世界。
伸びやかな歌声に童謡のような美しいメロディーラインが哀愁と微かな希望を彩っている。


03.どうどうめぐり

所々差し込まれたひらがなの歌詞と軽快なハンドクラップでポップな印象だが、蓋を開ければ投げやり後ろ向きソング。とことん落ちたらラップ調でまくしあげながら励ます、というか自分に言い聞かせる感じ。

君に任せるから好きにばらしてよ

の受動的な「ばらしてよ」

新しい価値を抱いて
ばらまいて

の能動的な「ばらまいて」

の心境の変化がポジティブ一片同ではない中田裕二らしさを感じる。

04.蜃気楼

自然の情景と雨の描写の切ないミディアムバラードは往年の中田裕二ファンなら大好物のはずだ。

花びらの小舟に憂いを浮かべて

で私は全部持っていかれた。
情緒のある歌詞に歌声が乗れば、もう目の前に蜃気楼が立ち込める。

05.グラビティ

2010 年代的オレ様壁ドン系ではなく、昼ドラ的危険な男にハマった物語。
1番目歌詞が「あなたのそばから離れなきゃ」だけど、
曲の締めが「あなたのそばから」で終わっているので、
結局離れられないのでしょう。
シティポップを彷彿とさせる懐かしさとスタイリッシュさで、中田裕二のそばから離れられないこと請け合い。

06.UPDATER

「あ、これ中田裕二 Macでなにかやらかしたな」と思ってインタビューを読んだら予想通りで笑ってしまった。
アナログな曲作りに現代の憂い、真面目な顔したリフロックに恨みつらみが乗っかる、相反する要素がバンドサウンドをUPDATERする。

07.火影


消えない火はない。終わりのない始まりはない。
故に心に刻むしかないのである。

個人的に「か」の発音に着目しながら聴いている。
曲の始まりの「か」は柔らかいのだが、2Bメロから2サビの

それならわかっている
とてもわかり過ぎているからこそ
構わないで 逃れながら

かっ かぁ か

と切実に表情を変えていくのである。

08.愛の前で消えろ

「愛」と歌っているが、「モノ・コト・消費」の曲だと私は解釈している。
Twitter のタイムラインも、音楽定額配信サービスも、ネットのニュースも、自分に合わせて最適化されていく。
それを疑問を持たずに、ただただ享受している私たちを、ダウンビートに乗せながら皮肉っているである。

09.長い会話

社会風刺ソング。
綻びを見つければ石を投げる、とりわけ匿名でネットで叩きまくる風潮を憂いている。

そうじゃない わからず屋

と強い言葉をキャッチーにポップに歌い上げ、軽快なギターリフで流し、ジャンと終わらせてしまうのだ。

10.輪郭のないもの

DOUBLE STANDARDというアルバム全体のアンサーソングだと思う。
白黒付けず、グレーのままの僕とあなたを愛したい
グレーがあなたの姿なら、グレーのまま受け入れよう
そんな心に寄り添う曲。

バンドの中でアコースティックギターを手にしながら歌う中田裕二が見たい。
早くコロナは収束してもらいたいものだ。

というかこのアルバム全体的に暗い気がする…

いつもならフック的に明るい曲があるのに、今回はずぶずぶとDOUBLE STANDARDの世界に沈めて危うく宇宙に消えるところだった。ポップな曲は皮肉たっぷりで、バラードは切ない海に溺れされ、海猫と輪郭のないもので帰ってくる感じ。

レビューを書いて思ったけど、新規に勧めづらいアルバム。
でもハマれば多分一気に中田裕二のファンになるアルバム。
聴くのにパワーがいるアルバムなので外出自粛の今こそどうぞ。



この記事が参加している募集

#私のイチオシ

50,748件

この記事が、共感できるな・おもしろいなと思って頂けたら、「スキ♡」を押してくれるとうれしいです。(♡はnote会員以外でも押せます)SNSでのシェアも大歓迎してます!