生命体 / 星野源 武嶋聡さんソロ解説
星野源さんの最新シングル『生命体』
世界陸上のテーマソングとして制作された『生命体』が収録されている本シングル。石塚 俊氏が制作したアートワークが印象的だ。
この曲の特徴は、とにかく複雑なコード進行。
個人的な感想だが、星野源さんが作る曲のコード進行は、ご本人がキーボードを購入してからどんどん複雑になっている気がする。
より専門的な言い方をすると「共通音」をヒントとして、複雑なコードを編み出していっているのだろうなと感じる。
共通音とは、2つのコードがあったときに、どちらのコードにも共通している音のこと。
例えば「ドミソ→ソシレ」とコードが進んだら「ソ」が共通音になる。
星野さんは、恐らく「コードを複雑に動かしても、共通音があるとぎりぎり繋がるケースが多い」という考えのもと、コード進行を編み出しているのではないだろうか。
また「セオリー通りのコード進行を作ったうえで、共通音のある別のコードに置き換えると、どんな響きになるんだろう」とたくさん実験しているようにも思える。
(もちろん、もっといろいろなことを考えているのだろうけれど)
さて、今回はそんな『生命体』のなかから、サックスソロのみを取り出してコピーしてみた。
このサックスソロは、星野源さんの楽曲やライブでおなじみの「武嶋聡(たけしま さとる)さん」による演奏。
武嶋さんといえば、オールナイトニッポンのジングルでもサックス演奏をしているので、ANNファンであれば毎週耳にしているだろう。
武嶋さんの特徴は、音程の良さと、ポップかつ柔らかなサウンド。
ジャズスタイルだとどうしても音程を犠牲にしがちだが、武嶋さんのサックスは音程に妥協がない。
そして、柔らかでスムースな音色ゆえ、複雑なフレーズを演奏しても軽やかだ。今回のソロでも、そんな武嶋さんのポップかつテクニカルな要素を存分に楽しめる。
今回の『生命体』は、Cメジャーキーらしい素直さ、星野さんらしいポップさ、そしてタイトルにぴったりの疾走感やうねりが特徴。
一聴するとシンプルに素敵な印象だが、この曲のソロを作るのはかなり大変だったのではないだろうか。
疾走感を出すために音数を増やすと、複雑な印象になりポップさが失われる。
ポップさを優先すると、生命力あふれる疾走感が出ない。
このバランスが、本楽曲はとっっっても難しい。
しかし、武嶋さんはそんな難問をいとも簡単に解いてしまった。
導入は、Cメジャーのペンタトニック。フラジオという超高音域まで、一気に駆け抜ける。
そして楽譜にある「×」は、オルタネイトフィンガリングという奏法だ。音程はラのままで運指を変えるため、音色が変化する。
ただラを伸ばしても良いのだが、オルタネイトを使うことでよりポップでリズミカルな雰囲気になっているのが素晴らしい。
そして、装飾音を使いつつ、前半のフレーズをほぼ全て高いソ〜ミで演奏している。ソ・ラ・シ・ド・レ・ミでフレーズを構成しているのだ。
ソより上の音はサックスにとって高い音域で、華々しい音がする。
そんな高音域に絞って、でもしっかりと変化はつけて、素晴らしいフレーズを演奏しているのだ。これがプロの技。
全16小節のソロの折り返し地点を通過した「9小節目」からは、同じフレーズをとにかく繰り返す。「シラファミ」や「ドラシラファミ」といったフレーズだ。
こうしたフレーズの繰り返しは、アドリブソロではよくあるパターンだ。
しかし、前半は「シラファミ」という4音で構成されたフレーズの繰り返しなのに対して、後半は「ドラシラファミ」と6音で構成されたフレーズになっている。
4音から6音に拡大することで、リズムに変化が生まれ、緊張感が高まる。折り返してもスピードは緩まない、むしろ加速していく印象だ。
(ちなみに、奏者的に言うと、ドラシラファミはとっても指が難しく、そういった意味でも緊張感が高まる)
そして、ラストのフレーズ。これは超絶難易度のフレーズで、何度も何度も練習した。というか、音を拾うのも一苦労であった。
まったく規則性がないように見えるこのフレーズだが、実は「シソラシド」という音列が共通している。
上へ下へ行ったり来たりしながら「シソラシド」で区切りをつける、そうしたシステムでこのフレーズは構成されているようだ。
と冷静に分析したところで、指が大変なことになるのは変わりない。このフレーズをコピーされる方は、変に分析するのは後回しにして、とにかくゆっくりたくさん練習するのがおすすめだ。
ざっくりとした分析だが、たった30秒のソロに、これだけの要素が詰め込まれている。
バランス感覚、ジャズ的アプローチとポップス的アプローチの混ぜ方、圧倒的な技術力。
ぜひ本家を聴いてほしい。これだけのことをしているのに、リズムが乱れない、音程も乱れない、音色もブレない。
なんという技術力だろうか。なんという構築力だろうか。
これぞプロ。職人芸である。
わたしもこんなソロを演奏できるよう、精進していきたい。