見出し画像

『友人の本棚~1分で読める感想文~』Vol.45「赤い長靴」

「サンタクロースって、何歳まで信じてた?」
友人から聞かれた際に、僕はふと考えた。そもそもサンタクロースの存在を信じたことがあっただろうか。小学生の時に、枕元に靴下をおいて寝ていたけれど、それは単なる儀式で、正月に門松を、五月にこいのぼりを、雨の日にてるてる坊主を飾るのと同じようなものだと思っていた。「その時期にはそうするもの」で、特に意味などは考えない。ひねくれているというよりもむしろ一周回ってどこかの回路が切れていたんじゃないかと思う。そんな話を友人にしたら、憐みの表情を浮かべながらこの本を紹介された。

結婚して十年、子供のいない夫婦。何気ない日常のやりとりから感じる、二人の心のすれ違いを丁寧に描いた、限りなく美しく、そして少し怖い、絶品の連作短篇小説集。

「笑うことと泣くことは似ているから」

「笑う」と「泣く」は似ている。たしかにそうかもしれない。似ているというよりも、泣くの先に笑うがあるような気もする。泣きたくなるを通り過ぎると、笑えてくる。笑えるところまでたどり着くと、その出来事が自分の中で消化完了した合図になる。これは何となくありそうだ。

逆の証明を試みる。笑うの先に泣くはあるか。最初は笑えていたのに、なんだかだんだん泣けてくる。これもありそうな気がする。ということはやはり、笑うことと泣くことは似ているのか。

近しい感情というものが、他にもありそうな気がする。例えば「嫌い」と「知らない」は似ている。「くすぐったい」と「気持ちいい」も似ている。こうやって感情のグラデーションを明確に分けて捉えられるようになると、自分の気持ちときちんと対峙することができるようになる気がした。

もう一つ。「笑う」と「許す」は似ていると思った。例えば、自分が腹が立つ出来事があったとき、それを「笑える」ようになったら、その時点で怒りの感情は収まっているような気がする。あるいは、自分がショックな出来事があったときにも、それを「笑える」ようになったら、その時点で悲しみの感情は癒されているような気がする。つまり、「笑える」というのは「許せる」ということなのだ。

辛いこと、悲しいこと、苦しいこと、泣きたくなること、腹の立つこと、生きているうちにたくさんあるけれど、それらを「無理やりにでも笑ってみる」と、もしかしたら許せるのかもしれない。

だから今日も、笑顔でいよう。

この記事が参加している募集

よろしければサポートをお願い致します! いただいた金額は活動費にさせていただきます!