韓国人との会話

今週は、地元の幼馴染が関東に遊びに来てくれて、週末ディズニーをして満喫。
日曜午後に「帰りたくないよー」なんて嬉しいことを言ってくれながらお別れ。
最寄駅まで送った後、度々当ブログに登場する家が向かいの韓国人が家まで会いに来てくれた。
散歩してカラオケして地元の中華でご飯食べて、自宅で休憩して解散。
こういう平凡で安定した週末こそ人生の財産であると思う。

自宅で休息していた際に話していた発言で、子供についての話になった。
お互いにもしパートナーができて結婚したとしたら、子供は欲しいか?という質問。
彼の意見は以下だった。

電車でたまたま目があった子どもを見て微笑むと笑い返してくれてととても和んだという経験があった。子供は基本的に好き。
しかし、大学、兵役2年間、今年度から日本という海外で就職。
上記の経験をしていても自分が今すごく幸せなわけでないから、これと同じ経験を子供に味わせたくない、だから欲しいとは今は思わないと言っていた。
これに関しては私もすごく共感できる。

基本的に私は県外への進学をさせてくれたり、半年間ではあったがコロナ蔓延前に留学にも行き、就職も大変ではあったがそれなりに就いて、不満ではない。



しかし、社会人になっても悩むものは悩むんだと実感した。
就職したら安心するなんて就活時の幻だった。

今、24歳にして「この悩みは一生何かしらの形で身の回りについてまわるものなのか」と悟り、すごく苦しい気持ちで生きてしまっている。


今週遊びに来ていた地元の友人も、「○○(私)は考えすぎるところあるから、気をつけて」と、高校時代から言っていた事を再度言っていた。

分かってはいる。分かってはいるんだけど。
酒を飲んでも温泉に入っても映画を見ても、一時的には忘れても
新たな問題が出てしまうまではその問題について悩んでしまう。

これは一体いつまで続くのだろう、と考えて居た頃に韓国人くんと出会い、
子供にもこの思いを味わせたくない、というその意見を聞き、
だから自分は今子供が欲しくないのか、と腑に落ちた。

100万円と苦虫女という好きな映画がある。
100万円貯めるたびに拠点を変える女性に対し、同じバイト先の男性が
「自分探しの旅ですか?」と問う。

「いやむしろ探したくない。自分から逃げても結局自分はずっとここにいるから」という言葉が、主人公の正直さも相まって気に入っている。

日本という韓国人にとっての外国に就職しても、
私の場合、2年間初期配属先で縁もゆかりもなく車がないと住めない場所から、大学時代に住んでいた関東への異動が叶っても、
幸せと感じる隙もなく新たな問題が降りかかってくるというサイクルに溺れそうになっているのかもしれない。

完全体じゃなくでもいいから、この感情を文章にして今は残しておきたい。

頑張りすぎない程度に、明日からまた仕事頑張ろう。