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【感想】夢の中の魚(五條瑛)

鉱物シリーズで鮮烈な存在感を放つ洪敏成(ホン ミンソン)と、その相棒のパクの物語。
グイグイ物語を進める洪と、無口なパクが抱える過去の閉塞感が絡み合い、緩急の効いたストーリー運びとなっています。
洪はなかなかに個性的ですが、貪欲で優秀で、とても魅力的なキャラクターだと思います。

(以下、ネタバレあり)

韓国日報特派員という肩書を隠れ蓑に、日本で活動する韓国国家情報部のスパイ コードネーム<東京姫(ドンギョンヒ)>。
敵対する者からもそうでない者からも一様に変人と罵られる情報屋。鉱物シリーズ本編でも折々に隆さんの神経を逆なでするようなちょっかいをだして読者を楽しませてくれる洪さんが主人公です。

本作は、なかなかまとまらない日韓の漁業交渉を背景に置き、いくつかの物語が連なる構成。
怪獣映画『GAILA』に予期せず映り込んでしまった映像、高校生が偶然海岸でみつけた銀色の漂流物、白血病の恋人のドナーを探して韓国から日本に渡った女・・・
ひとつひとつのエピソードは必ずしも大きくはなく、しかし確かにひとつの大きな流れに繋がっている。それが故に、祖国のために日本という海で日々情報を集め、時間をかけて育てていくような、洪の情報屋としての仕事ぶりが印象に残ります。
静かに先を読み、価値を見極め、どんなチャンスも逃さず、狡猾に。同じ「情報屋」と呼ばれる人種でも、いつも積極的に何かを企んでいるところが、隆さんとはまた違った洪の魅力だと思います。
その隆さんは本作にも何度か登場して有益な情報をくれますが、いかんせん相手が洪なので、当たりが強い(笑) 洪の扱いはぞんざいだし、開口一番不機嫌だし、洪に振り回されているようでいて案外しっかり計算高い。
ふたりの遠慮のないやりとりから、隆さんが洪にちゃんと情報屋として評価されているのだな(そしてつっつくとおもしろくてたまらないから遊ばれるんだな)と感じることができます。

そんな洪と、相棒のパクとの不思議な関係性も本作の見どころ。
補完とか依存とか、ありがちな名前をつけるのは難しい。しっくりくる表現がなかなか見つけられません。
これからの人生を祖国のために日本で生きていくと心決めをしたスパイが、独りでは寂しい、一匹よりも二匹の方がいい、と思う。その孤独を推し量ることは私には少々荷が重いですが、本作の物語の進行と並行して、洪がずっとパクを自分のものにするための工作を続けてきたのだと考えると、なかなかの熱量だなと思います。
ターゲットを罠にはめるときには容赦なく追い込む洪が、相棒のパクに対しては最後は自分で選んでほしいというスタンスで、洪にも人間らしさみたいなものがあるのね、と妙な感慨もおぼえます(もちろん外堀はしっかり埋めてあるわけですが)。

鉱物シリーズは、朝鮮半島情勢を背景とした物語です。
本作で語られる、北朝鮮の家族に再び会う夢を叶えることなく逝った母親を持ち、韓国のスパイとして働く洪、在日朝鮮人として日本で生まれ育ち朝鮮半島には行ったこともないパク。そして、事件を通じて出会う人々が抱えるそれぞれの事情に、半島と日本を取り巻く複雑な状況を思います。

本作が発行されてから、もう20年も経ったのですね。
今後のあなたの選択と、その行く末を知りたいです。
願わくば、パーフェクト・クオーツに続く物語が世に出ますように。

洪さんの誕生日によせて。

単行本 集英社 978-4087745023(2000年)
文庫  双葉社 978-4575510362(2005年)

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