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「アフリカに服送るな」怒る男に学んだお金の本質

###この投稿は、筆者が東洋経済オンラインに投稿した記事を転載しております###

面接で落とした彼から学んだ「お金と経済の本質」

ゴールドマン・サックス証券でのトレーダー時代、会社の新卒採用で1000人以上の学生と面接してきた。その中で、圧倒的な存在感を放っていた学生がいる。
グループ面接で「サイコロを2個転がしたときに一番出やすい数は何か?」という質問をしたとき、彼は「12です」と即答した。

もちろん不正解だ、統計学的には。

面接の場には、奇をてらった答えを言って目立とうとする学生が少なからずいる。僕は、「12を出すには2つとも6を出さなきゃいけないんだけど、本当に出やすいかな」と冷たく返した。

その学生は、笑顔を絶やさない胸板の厚い男だった。エントリーシートに、アメフト部と書かれていて妙に納得した覚えがある。

彼は物おじせずに身を乗り出すと、力強く主張を繰り返した。

「ここぞという場面で、自分は必ず6を出します」

僕は苦笑していたかもしれない。容赦なく彼を選考から落とした。

このときは、彼からお金と経済の本質を学ぶことになるとは思わなかった。そして、この「必ず6を出します」という言葉が、今の日本に一番足りないことだ。
彼の名前は、銅冶勇人(どうや・ゆうと)。小説『きみのお金は誰のため』でキーパーソンの堂本として登場している。

「堂本くん、遊びに来たで」
ボスが大きな声で呼びかけると、その男はこちらを向いて、「ちわっす」と陽気に答えた。
堂本と呼ばれた男は、小麦色に焼けたツヤのいい肌に、整えた口ひげをたくわえている。ひげのせいで40歳くらいにも見えるが、20代かもしれないと優斗は思った。

『きみのお金は誰のため』121ページより

現在38歳になった銅冶さんの風貌はこの小説のとおりだが、就職面接にきたときは口ひげを生やしてはいなかった。

働きながらアフリカ支援のボランティア

面接のときは、もう会うことはないと思っていたが、それから1年たった4月、彼と会社で再会した。なんと、営業職で採用されていたのだ。相変わらず、マッチョな体で優しい目をしていた。

当時、僕が扱っていた金融商品は複雑なデリバティブ商品。営業の彼は、もちろん金融商品の特性を理解する必要があるのだが、そういうことが得意なタイプではなかった。ただ、彼の熱心で誠実な姿勢には好感が持てた。

一緒に働くうちに、意外な一面も見えてきた。彼は長期休暇をとるたびに、アフリカに行って学校建設の手伝いをしているのだ。たまにボランティアで参加するのではなく、休みをとるときは、必ずアフリカに行って、現地の子どもたちの支援活動をしていた。

銅冶氏と、彼が経営する工場で働く人たち(画像提供:銅冶勇人氏)

そして、彼はいつも言っていた。

「アフリカには、服を寄付しないでくださいね」

このとき、彼から聞いた話は、そのまま小説にも使わせてもらった。

「違うんすよ。彼らに寄付をするのは、逆にアフリカの発展をさまたげるんすよ」
堂本は切実な表情で、現地のことを詳しく教えてくれた。
「世界中から服が送られてくるせいで、特に西アフリカには高いお金を払って服を買う人がほとんどいません。現地で服を作っても売れないから、産業が発展しないんすよ。だから、アフリカで作った服を、日本に持って来て売っているんすよ」
熱心に耳を傾ける七海が、「なるほど」とあいづちを打つ。
「明治の近代化と同じことをされようとしているんですね。黒船が来航してから、日本が急速に成長したのも、繊維産業からでしたよね」
「そうなんすよ。それに、アフリカの文化とか伝統には本当に魅力を感じています。僕はそれを日本で伝えたいんすよ」

『きみのお金は誰のため』122ページより

支援の目的は「自走」できるようになること

彼は7年間、ゴールドマン・サックス証券で働いたのち、2015年アパレルブランドCLOUDYを立ち上げる。主にアフリカのガーナを支援しているが、お金や物資を支援するだけでなく、彼らが「自走」できるように支援しているのだ。自走とは、外部支援に頼らず発展していけること。

小説の中の堂本も同じように話している。

堂本はアフリカと日本に拠点を持って活動しているそうだ。アフリカの工場では、現地の人たちに織り機やミシンの使い方を覚えてもらって、シャツやパンツを自分たちで作れるように導いている。
一方、日本では、作ったシャツやパンツを取り扱うお店を増やしたり、ネット通販で注文したお客さんにこの部屋から直接送るなどしていると話してくれた。
七海がしきりに感心している。
「私たちがアフリカに寄付するだけでは、長期的な解決にはならないんですね。それよりも、彼ら自身が生産できるようになれば、より持続的な未来につながっていきますよね」

『きみのお金は誰のため』123ページより

必要なものが自分たちで作れるようになれば、その社会は自走できる。インフラが整い、彼らの持つ技術が発達すれば、自分たちでいろんな問題を解決できるようになる。便利な物やサービスも、自分たちが利用するものは、自分たちで作れるようになる。これが、「生活が豊かになる」ということである。

さて、ここからが本題だ。このアフリカの話には、今の日本が学ぶべきことが詰まっている。

日本に住む僕たちが「生活が豊かになる」と聞いて想像するのは、賃金がどれだけ上がったかという話。たしかに失われた30年の間に名目賃金はほとんど上がっていないが、生活は格段に便利になっている。30年前のようにわざわざレンタルビデオショップに行かなくても、iPhoneでNetflixを見ればいい。

日本の問題は「自走」できなくなっていること

問題は、生活が豊かになっていないことではなく、「自走」できなくなっていることだ。iPhoneやNetflixなど生活の質を高めている商品やサービスは海外に頼っているものが多い。食料自給率やエネルギー自給率も下がっている。

リカードが「比較優位」を唱えているように、自国の得意分野の生産に特化し、そうでないものは他国にたよって自由貿易をすることには異論はない。しかし、30年前と比べると日本の得意分野は激減し、貿易赤字国に転落している。もう「自走」できなくなっているのだ。

それを補うために、投資を頑張ろうとしているのが今の日本だ。ここで、投資がうまくいくためには、2種類の人が必要だ。1人はお金を投資する人。もう1人はお金を投資してもらって、新しい商品やサービスを作ろうとする人

お金だけ投資しても、自走するはずがない。新しい商品やサービスを作ろうとする人が国内に増えなければ、投資されたお金は行き場を失い、海外に流れるしかない。海外で開発された物に頼り続ける未来が待っている。

来年、NISAが拡充される。投資熱が高まりそうだが、お金を出す人しかいなければ「自走」と真逆の方向へと進んでいく。その投資は完全に「他力本願」なものになる。銅冶さんはアフリカの人たちと協力して、自力でアフリカが走っていけるように全力を尽くしている。

現在の日本に必要なのは、他力本願に投資する人を増やすことではない。「必ず6を出します」と自力で問題を解決しようとする人(お金を投資してもらって、新しい商品やサービスを作ろうとする人)を増やすことだ。

資産運用立国を目指す日本だが、資産運用で1億2000万人もの人口を支えられるはずがない。投資をする前に、小説の中の堂本の声に耳を傾けてみてほしい。

自分たちが生産できるようにならなければ、持続可能な成長ができるはずがないのだ。


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