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"豚キムチに野菜入ってるやろが!!" 怒れる男の食料自給率

「豚キムチに野菜入っているやろが!!」
という謎の怒声が響き渡ったのは、学生時代に住んでいた寮での話。

怒声を発した彼は、上半身裸だったから、おそらく夏場の出来事だったのだと思う。
怒られたのは、僕だった。

20年ほど前、大学生の僕は祐天寺の近くにある男子学生寮に住んでいた。15人ほどの大学生が暮らすこじんまりした寮だ。
風呂やトイレはもちろん共用。
部屋は個室だったが、3畳ほど。夏はどこにいても扇風機の風が当たるが、冬はこたつも置けない広さである。
その個室と個室を仕切るのは薄い壁で、電話の内容は隣に筒抜け。プライバシーなんて存在しない。
ありがたいことに、家賃はタダだった。とある教育財団が貧乏学生に住居を提供してくれていた。

塾や家庭教師のバイトを大量にこなしていて羽振りのいい先輩もいたが、僕も含めてほとんどの寮生はお金がない。自炊することが多く、夜8時くらいになると共用の狭い台所には待ち行列ができていた。

まだ新入生だった僕は、その日、混まないうちに夕食を作ろうと思い、台所へ向かった。夕方5時か6時頃だったと思う。
台所の手前には食堂と呼ばれる8畳ほどの部屋があって、その部屋の8割は大きな食卓が占めていた。ぎゅうぎゅうに詰めれば10人くらいが着席できるが、周りを歩く隙間はない。滋賀県にむりやり押し込められた琵琶湖のイメージだ。
その日、食堂には人影がなかったが、食卓の上にパックに入ったメンチカツが置かれていた。赤い50%OFFのシールが誇らしげに貼られていた。

奥の台所から料理をする音が聞こえた。
何を作っているのだろうか。自炊歴まだ数ヶ月の僕は、献立が気になった。
半額のメンチカツを勝ち取った先輩が料理をしているのだから、千切りキャベツなのか野菜スープか、とにかく野菜系のおかずを作っていることを勝手に想像していた。

台所に入ると、半裸の男の背中が見えた。黒い短パンだけをはいて上半身は裸。
不審者ではない。ふくよかな体をされている寮の先輩だった。

コンロで何かを炒めていた。
時おり右手に持ったフライパンを揺らす。そのたびに、上半身のお肉がぷるんと揺れていた。
クーラーも効かない夏の台所、コンロに立つ彼の額からは汗が流れていたと思う。
この時点で機嫌がいいはずがない。

しかし、僕は聞いてしまった。
「何を作っているんですか?」

彼は振り返ることなく、強めの口調で返してきた。
「見たら、わかるやろ」

コンロの横には、空になった豚肉のパックが置かれていた。おそらく200gくらい入っていただろう。それと、キムチの入っている瓶。
間違いなく、豚キムチを作っている。

しかし、ここで疑問が持ち上がった。
メンチカツを買った人が豚キムチをつくるとは考えにくい。

ふたたび、僕は余計なことを聞いた。
「あそこのメンチカツは先輩のですか?」

軽く睨まれた。
「他に誰がおるねん」

彼の献立はメンチカツと豚キムチだったのだ。肉料理X肉料理だ。そして、フライパンとともに揺れる先輩の肉。

思わず、お節介な一言を放ってしまった。
「野菜食べた方がいいですよ」
仏の顔も三度まで、だったのだろう。
彼は、熱いフライパンをもったまま振り返ると、寮全体に響き渡る大音量で怒鳴ってきたのだ。
「豚キムチに野菜入っているやろが!!!」

ぷるん、ぷるん、とお腹の肉が時間差で揺れた。

そんな先輩も東大法学部を卒業して弁護士として活躍している。

しかし、どうして彼はそんなに怒ったのか。
結論を言うと日本の農業に問題があると思っている。

これは現在のわれわれが苦しんでいるインフレとも関連している。
順を追って説明してみようと思う。
まず、日本の食料自給率(金額ベース)は約6ー7割だと言われている。
しかし、彼の食事に関していうと、ほぼ0%なのだ。

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お金や経済の話はとっつきにくく難しいですよね。ここでは、身近な話から広げて、お金や経済、社会の仕組みなどについて書いていこうと思います。 …

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