あきかぜ
「苦くて甘い夢から覚まして 君に会おう 君に会おう」
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教室がほのかに甘い香りに包まれる。金木犀の香りがする。肌寒い秋風に乗せられてやってくる。「なんだかいい匂いがする!」という子どもに、帰り道少し背伸びをさせて金木犀の香りだと近付けてみせた。
「持って帰ってもいい?」という子ども、伝えたい相手がいるということがどれほど幸福であるのか是非とも噛み締めてほしいところである。
だいたい夜はちょっと感傷的になって 金木犀の香りを辿ってしまう。
金木犀の香りがしてふと顔が浮かぶ。好きなバンドだったからだと思う。
花の名前も季節の移ろいも気に留めなかったわたしが、いつかこの気持ちを伝えたくて写真に残すようになった。手紙を書くようになった。書き記すようになった。
好きだったバンドはもういない。
好きだった人はもういない。
飽き風が吹く。
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ずっと冷たかった。手をあたためられても、心は芯から冷えていた。
何度あきかぜを噛み締め泣いただろう。苦しんできただろう。甘い空気が冷たく身体を蝕む。
包み込むなら、全てを覆ってくれないと..。
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好きになってもらえなかったこと、ずっと知っていたから今更傷ついてなんかいないよ。
惰性も愛だろ?
願うは好かれたかったけど、ちょっと近付きたかったんだよ。背伸びをして匂いを嗅いでみるのと同じ、背伸びをして触れてみたかった。それだけ。
あなたに異性として愛されてみたかっただけ。
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