掌編小説-海の見える景色
「この海は青い」
彼は遠くの地平線をぼんやりと見て言った。私はそんな彼を見つめていた。
防波堤の上で座る私たちは、同じ瞳の色をしていた。
そっと寄り添ってみると、彼は受け入れも拒絶もすることもなく、ただ少しだけ体を強ばらせていた。
「私たち、ずっと一緒にいるね」私がいうと、
「当たり前さ、これからもずっと一緒だろうね」そう言って私の頭を撫でた。海風で冷えた身体に彼の心地良い体温が、頭の上から伝わってきた。
少しして彼が立ち上がり、私もその後を追うようについていった。彼の歩く歩幅は私よりも少し大きかったので、ようやく歩調を揃えると、靴の音が、誰もいない海のさざなみの中に、一つのリズムを生み出していた。
「今頃どうしているだろうね。」
何気なく発した彼の言葉に、両親のことを思い出した。母は驚くほどに優しく、父は誰よりも厳格に生きていた。しかし、そんな母と父はすでにいない。2人は悪いことをしでかしてしまい、世間から追放されてしまったのだ。
ずっと奥には行ったこともない街の景色が見えた。きっとその中にはたくさんの人が、いろんなことをしているんだろうと想像した。赤ちゃんから老人まで、その町には住んでいて、そして今、私はそれを一つの景色として眺めている。逆にあの街から見れば、海の景色が見えていて、しかし、その中には私たちの存在は認められてはいないのだろう。それでも私たちがいるとわかるのは、私が彼を認め、彼が私を認めているからに他ならなかった。私たちは互いに互いを証明しあっていた。
時折強い風が来て、私は防波堤の上から投げ出されそうになった。
けれども、彼が腕を掴んでいたので、落ちることはなかった。
「ありがとう」
「気をつけなきゃいけないよ。俺がついていなくちゃだめなんだろう。でも大丈夫さ、きっと、きっと離れはしないよ、僕ら。だって____」
私が見た海は燃えるように真っ赤だった。
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