ファミリー #1

 手渡されたボールを持ったとき、僕はいつもその柔らかさに拍子抜けしてしまう。心の中にあるほどかれていないわからないものを吐き出そうとして口が動く。
「あ、うーん、けどそれは」
 とりあえず声が出ることを確認する。そんな声に誰よりも、反応するのがレインだった。彼女が木の葉のような目で僕を見つめている気配を感じながら、僕はボールのふさふさした毛を見つめて、何かを考えてみる。
 さっきまで考えていた気がするのに。今になって、考えている。
「僕らの命が、限られているのは、それはおかしいよ。生きてるってことはもっと、ほんとうは、だって今日を生きているってことはこの瞬間だって、いつ死ぬかなんて考えていないわけなんだから。命の方が限られているのがおかしいんだ。長くたって短くたって。みんなはどう思う?」
 苦しくなって顔を上げた。輪の中で一人ぽつんと、僕は前屈みになって息を吐いていた。こうして話していると、言葉はただの息になっていく。
 手がガタガタ震える。それは体の奥からの震えで、僕は体の奥に何かあるんじゃないかといつも心配になる。体温も高いのか低いのかよくわからない。
 どうして、命の話なんかしているんだろう。僕はそれが一番こわいのに。気がついたら話出していた。それが、この対話の時間の不思議なところだった。
 真っ正面に座っているイナモは、前屈みに浅く座って、口に手を当てて考え込んでいる。こういうときに、冷静に言葉を拾って自分で考えたことを素直に伝えてくれるのはいつも、イナモだった。
 僕がはじめて哲学対話をしたときも、イナモは率直に「それってどういうこと?」とただ一言だけ言って、僕にボールを返すのだった。
 レインが手を上げた。僕は、毛糸のボールを投げて渡す。レインが両手でボールをしっかり受け止めて膝の上に置くと、僕は深く息を吐いて、楽になった。
「わたしは、実はもっと長く生きたいと、思う。」
 レインが、そう言ってしばらく膝の上のボールをなでた。ボールはピンクや白、赤が入り交じったアクリル毛糸でできていて、ふさふさの毛を空気中に発散させている。

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