ファミリー #13

 イナモが机を拭いて、サマーがその机をどかす。僕とレインは椅子をいったん広げて、机を脇にどかすのを手伝う。それから、僕らは椅子をまた輪に並べて、座り直す。
 今日は僕は、サマーの椅子に座った。
「では、対話の心構えを。」
 サマーがみんなに声を掛ける。
「素直な言葉を探すこと」
 サマーの隣に座っていたレインが言う。
「否定しないで、置いておくこと」
 その隣のモクが言う。
「よく聞くこと」
 その隣の僕が言う。
「問いもまた置いておかれる」
 僕の隣のイナモが言った。
「それでは始めよう」
 サマーが前屈みになって、僕らの中央の床に目線を置く。僕も、自分が好きなところを見て考える。イナモが手を上げる。そして、言葉が投げかけられる。レインがしっかりイナモの目を見て聞いている。モクは楽しそうに笑っている。
 その日の対話は、イナモがはじめに問いかけた、新しいとは何か? という問いだった。命は新しいのか? 僕らは新しいのか? 宇宙は新しいのか? 問いが重なって、僕らはまたわからなくなっていった。
 対話が終わったあと、みんなは部屋に戻っていった。僕は、なんとなく戻りたくなくて、一人でお湯を沸かした。お湯がぐらぐらと沸き立つ音が、耳に入り込んでくる。
 そして、僕は自分の体が浴槽に浸かって、だんだん溶けていく様子を想像した。足の感覚が消え、腰が消え、そして胸の下まで消え、痛み止めを飲んだような鈍い快感に脊髄をとかされる。そして、最後には呼吸も忘れて、僕は緑色の液体の中に溶けていく。
「テルハ」
 泡の中で声が聞こえた。振り返るとレインがいた。
「わたしにもお湯をちょうだい」
 レインは笑って、僕のそばに立った。
「今日も死ぬのが怖くなった」
 僕に問いかけたのか、それともレインのことを言ったのか、曖昧な発音だった。
「今日は夢にレインが出てきた」
 僕もコップに注いだ熱いお湯を見ながら、言った。
「それはどんな夢?」
 レインは今度は明確に、僕に問いを投げかけた。
「逃げ出すの」
 僕は言葉をえらんで言った。そして、レインが余計な想像をしないですむように、言うべきところだけをえらんで言った。
「僕らが、命の浴槽から逃げ出すの。ガラスを突き破って、森に逃げる。そして、二人で木の上に上って、一緒に星空を見るんだ。」
 レインは、僕から目をそらさないで、僕がしゃべり終わるのを待った。
「わたし、夢には意味があると思う。」
 レインがそう答えたから、僕は確かに、このとき、この時間に、この家の台所に立ってレインと会話しているんだと思った。

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