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無印良品の品質を疑った話


「乳液が欲しいんよね」


無印良品に来るなり、棚に並んだ白いボトルたちをしげしげと眺めながら友達が言った。

「もうすぐ夏だからさっぱりがいいな」

無印良品のスキンケアは使い心地によって名称が違う。さっぱり、しっとり、高保湿。自分の好みの質感によって選べるようになっている。
真剣に悩む彼女の姿に飽きてきた私はふと思った。もしかしたらこのさっぱりも「(商品開発部のスタッフ的には)さっぱり」なだけで、友人にとってはしっとりかも知れない。こんな名称に踊らされる事なく、真に自分の肌に良いものを選ぶのが1番なのではないか。

私がそのように能弁を垂れると、友達がそんなわけ無かろうがと鼻で笑った。やってみなきゃわからんだろう。私はすかさずテスターを手に取り

「今から1種類ずつ左右の手の甲にさっぱりとしっとりの乳液を出していくから、“さっぱり”がどっちか当ててみてよ」

と言い、彼女の手の甲にそれぞれの乳液を出した。
目を瞑り真剣な表情で左右の手の甲に乳液を塗り込んでいた友がへらりと笑う。


「右手が“さっぱり”だ。全然違う」


なにが全然違うだ。左手に塗ったのがさっぱりじゃい!とここぞとばかりに馬鹿にする。友達は納得がいってないようだった。
彼女は私の手からテスターを毟り取った。

「なら今度はあんたに同じことしてやる。手を出しな」

おうおう、負け惜しみかい。本能に従ってここまで生き抜いてきた私の野生の勘を舐めてくれるな。私はサッと両手の甲を突き出し目を閉じた。
冷たい液体がにゅるりと甲の上にとぐろを巻く。片手ずつ伸ばしていくと明らかに左手に違和感があった。いくら馴染ませても肌にビタッと張り付くそれは間違いなく“しっとり”である事を物語っている。それならばスーッと馴染んでベタつかない右手がさっぱりじゃないか。


「こんな簡単な違いも分からんとは片腹痛い。
   右手が“さっぱり”です」

「違いが分からんのはお前も同じようだな」

友達が目の前に突き出したボトルには
“しっとり”の4文字が書いてあった。


「嘘だ!!!!!!」


憤り地団駄を踏む私に友達は言った。

「いや、本当なんよ。でもわかる。しっとりの方が塗り心地がさっぱりしてる」

「……つまり買った方がいいのは…」


「「 “しっとり”だ! !!」」


パチンとハイタッチを交わし、友達はしっとりの乳液を手にレジに並んだ。バスでお婆さんに席を譲った時のような、いい事したなぁという充足感が溢れた。ほれみろ、やはり経験し、体感し、先入観ではなく曇りなき眼で見定め決める事が大切なのだ。アシタカも言っていたじゃないか。

レジに並ぶ友の背中を見ながらふと手の甲をさすると、途端にドッと嫌な汗が背筋を伝った。

乳液を塗ってしばらく経った後の手の甲は、馬鹿でも違いが分かるくらいの差があった。先程までベタついていたはずの右手が、驚くほどさっぱりしているではないか。スキンケアは塗ってすぐではなく、しばらく経ってからこそ効果を発揮すると言うもの。やはりラベルの表示は真であった。

私はレジに吸い込まれる友の背中に叫んだ。

「もう一度手の甲を触って!」

振り向いた友が訝しげに手の甲をさする。
触り比べるにつれ彼女の眉間の皺はみるみるうちに溶けていき、パァッと晴れた。

「さっきと違う!左手の方がさっぱりしてる!」

友達は乳液を抱えたままレジの列から抜け出してきた。

「やはり買うべきなのは…」


「「さっぱりだ!!!!!」」



女が2人、無印良品を駆ける。

私たちのラベルにはきっと
【馬鹿】の2文字が輝いている。

いただいたお気持ちはたのしそうなことに遣わせていただきます