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招待しなかった友達が結婚式に来た話


私がオットからプロポーズされた時、1番に報告したのは親でも姉でもなく、高校時代の友人だった。

高校で出会い、同じ部活に入り、家庭科の授業では私のしぶといプロポーズに折れ結婚と子育てさえしてくれたマミは、私と学生時代に最も長い時間を共に過ごした友人の一人である。もう1人仲の良い友人のミクと一緒に、大人になった今も私たちは3人で毎月のように会っている。

私が2人に婚約指輪を貰ったと写真付きで連絡するとマミからは「そうだろうと思った」と返事がきた。プロポーズは私の誕生日、そろそろ結婚の話が上がるだろうと踏んでいたらしい。彼女にはなんでもお見通しである。

マミは当時ウェディングプランナーとして働いていた。仕事で毎日のように起きる結婚式のあれやこれやに奔走しており、たとえ休みの日でも仕事の電話が掛かってくれば席を外して対応していた。学生時代は私の突拍子のないおふざけを指を指して笑っていた彼女の社会人としての真面目な姿を見た時は、なんとも感慨深い思いになったものである。

結婚が決まってすぐ、私はマミに呼び出された。

「結婚おめでとう」

「ありがとう」

今更こんなに畏まらずとも。と、こそばゆいような恥ずかしいようなやり取りを交わした後、マミは大きなトートバッグから分厚いコピー紙の束を取り出した。

「結婚式をするかせんかは別として、エムコが好きそうな雰囲気をリストアップしてきた」

コピー紙を捲ると、ナチュラルかつシンプルで、私の急所を撃ち抜くような素敵な式場とテーブルウェアの一覧が印刷されていた。思わず「プロポーズされたら、ゼクシィ!」と叫び、天に拳を突き上げたくなるような興奮が襲いかかる。マミの手作りの資料に目を通してひとしきり盛り上がった後、私はちくりと痛む胸を押さえながら意を決して言った。

「こんな結婚式憧れるけどさ、私は身内だけのちいさな式にしようと思ってて。神社で神前式をするってオットとも話したんよ」

こんなに熱のこもった資料を作ってくれた手前申し訳ないが、私は皆さんがご想像するような派手な挙式をする気は無かった。家庭の事情が複雑で問題が多く、とてもじゃないが友人達を招いていつものように楽しい私の姿を見せる事ができる気がしなかったのだ。

私の家の事情をマミは全て知っている。彼女は

「そうかー、エムコの結婚式に行くの楽しみやったんやけどな」

と言った。申し訳ないと思いつつも、そう言ってくれるマミの気持ちは嬉しかった。

「でもドレスは着たいし写真に残そうと思ってる!神社の式と一緒にサポートしてくれる所ないかな」

私がそう言うと、マミは職場の知り合いを通じて式場を紹介してくれた。実際に紹介された式場に行くと、スタッフの方から「マミさんのご紹介なので」と、どの衣装を選んでも追加料金がかからないというひっくり返るような待遇を受けた。オットも私もマミが持つ謎の力に震えたが、これも彼女の人脈と日頃の信頼の賜物なのだろう。私はマミのおかげで、自分たちの予算ではとても手が届かなかった最高級のドレスと白無垢を選ぶことができた。

結婚式の日取り、挙式する神社、そして衣装が決まり、後は式を待つだけになった。私が挙式までの日々をのほほんと過ごしているとマミから一本の電話がかかって来た。

「結婚式の招待状は準備した?」

開口一番の予想外の言葉に、思わずへの字に開いた口から間抜けな返事が漏れる。

「えー、してないよ。だって来るのは私の家族と祖父母と向こうの家族の10人もおらんのよ。口頭で伝えたからもういいやん」

私がヘラヘラと話すとマミは真剣な声色で言った。

「よくない。たとえ身内でも“娘、孫の結婚式に行ったんだ”って思い出に残る物は残してあげんと。招待状にはそういう役割もあるんよ」

マミにピシャリと言われ、成る程と思うと同時に私は自分の適当さを反省した。思えばこういったやり取りは高校生の時からずっとである。私のダメな所を叱ってくれるのはいつもマミだった。

「ちゃんと用意する、近々!」

私はそう言って電話を切った。


それから数日後、私は突然マミに呼び出された。
約束の場所で待っていると、仕事終わりの彼女は小さな体をヒールで支え、コツコツと規則正しい音を鳴らしながら歩いてきた。スーツをピッと着こなしたその姿からは、仕事のできる女のギラギラしたオーラが放たれていて少し眩しかった。
私たちはカフェに入り、いつものようにコーヒーを飲みながらくだらないお喋りをした。ひとしきり話した後、マミがふうと一呼吸置き、真剣な表情で口を開いた。

「エムコ、まだ招待状の準備なんもしとらんやろ」

漫画だったらベタ塗りの背景にデカデカした白い文字で“ギクッ”と書いた吹き出しが飛び出しているであろう。図星も図星、電話を切って数日私は何もしていなかったのである。ここまでお見通しとは、恐怖を超えて清々しさすら感じてしまう。

「おっしゃる通りまだなんもしとりません」

「だと思った」

私が正直に白状すると、マミは手に持っていた紙袋から数枚の紙を取り出した。ただの紙ではない。

それは“私の”結婚式の招待状だった。

いかにも高級な紙で作られた表紙、私の結婚式の案内と挨拶の書いた紙、封筒、シール、そして宛先の数ぴったりの慶事用切手までが完璧に用意されていた。

「これ、どうしたん…」

言葉を失う私にマミはカラッとした口調で言った。

「さっきキンコーズで印刷してきた。ねぇ見てこの表紙の柄、かわいいやろ?エムコが好きそうやな〜って思ってすぐ決めたんよ」

言葉が詰まる私をよそにご機嫌に表紙を見せるマミ。
厚手の高級紙にはくすんだピンクとパープルの小花が円を描くように印刷されていた。落ち着いた色彩と紫陽花に似た小花は、私の大好きを体現したかのようなテイストである。私の事は本当に何でもお見通しなのだ。

「どうせ書き方分からんって言って出すの面倒くさくなるやろ」

またしても私の確信を鋭く突き刺すマミ。

どうしてそれをと狼狽える私に、マミはもう一枚紙を取り出した。
その紙には宛名の書き方と一緒に、誰にどう出すか、いつまでに出すか、そして招待状のマナーの全てが手書きで記されていた。
それからはまるでテスト前の高校時代に戻ったかのようにみっちりと招待状のあれこれについて説明を受けた。彼女が書いた手書きの紙に目を落とす。高校生の頃から変わらない、懐かしいマミのまるっこい字。私に向けてくれる眼差しも当時から何も変わっていないんだなと、マミの字を眺めながら思った。

印刷代や切手代、招待状を準備するのにかかった費用は全部支払うと何度も言ったがマミは頑として受け取ってくれなかった。


そして結婚式当日。
「エムコちゃんおめでとう」
この日を楽しみに待っていた祖母が、支度を済ませた私のいる控室にやってきた。彼女の手にはぴかぴかの招待状が握りしめられている。お守りじゃないんだから、と笑ってしまうと同時に、今まで見たことの無い表情を浮かべる祖母の姿に、私も違う意味で胸が詰まる。

本当に申し訳ないんだけど、と事情を話し、マミを始め友人は誰も招待しなかった。
歴史のある神社の本殿で、家族だけの、小さなちいさな式が始まる。

今私がこうして綺麗な衣装を身に纏い、この場に立っていられるのはマミを始め友人たちのおかげだ。式が進行する30分の中、私はオットと始まるこれからの人生の事なんかこれっぽっちも考えず、今まで私を支えてくれた友人の事を思い出していた。本当は1番に結婚式に呼びたかったし、披露宴を挙げて美味しいご馳走を用意して、楽しい時間を過ごして欲しかった。私は私のわがままを最後まで通してしまったという後悔に襲われた。

「おめでとうございます、これからの人生お二人で力を合わせて、お幸せに」

結婚の儀式を終えた宮司さんが私たちに祝福の言葉を掛ける。ずっと前を向いていた私たちが礼をした後に振り返ると、境内にある賽銭箱の隅の方で、マミとミクがハンカチで目元を押さえながら手を振っていた。

彼女たちは忙しい中休みを取り、こっそり私の挙式の様子を見に来ていたのだ。


私は白無垢を両手でたくし上げながら本殿から降り、2人の元に駆け寄った。
マミとミクは

「ほんとに綺麗やねぇ」

と涙を流して笑っていた。私もきっと鏡のように、2人と同じ顔をしていただろう。


友達とは結婚のように書類で結ばれる契約でもなければ、親兄弟のように否応なく決まった関係でもない。あくまで「私たちって友達だよね」というお互いの認識だけで成り立っている実に不確かで脆い関係なのだ。
その触ることのできない透明な縁に色をつけてくれる友人に恵まれた私は、この上ない幸せ者なのである。


あれから4年。語り尽くせない程多くの壁を乗り越えて、今ようやく自分の人生を歩もうとしているマミに、私は一体何ができるだろうか。
彼女は何も言わないが、マミが辛いに時に周りを頼れない性格であるのは、私にだってお見通しなのである。

いつかマミが私を頼ってくれる日がきますように。そしてそんな日が訪れないほどに、マミが毎日を楽しく過ごせますように。矛盾した二つの思いを胸にしながら、私は今日も大切な友達の幸せを願っている。

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