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初めまして。(ご挨拶と病歴と家庭環境などを添えて)

まーちゃんと申します。
何があっても自分の人生を生きたい。そして生き残っていきたい。命が尽きるまで。そんな思いで今、様々な心や身体の問題を抱えながらも、“自分はどこまで行けるのか”、そんな『挑戦』を始めています。(これを私は『10年計画』と呼んでいます)

14歳の時から16年間、うつ病と婦人科疾患のPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)と共に生きてきました。
2歳の時、父が女と子供を作り家を出て行き、捨てられてから養父に精神的虐待を受け続け養子として2012年迄生きました。
毎日死ぬ事しか考え続けなかった私が『どう生き残っていくのか』『現在の自分は何を考えているのか』『様々な経験をして自分はどう成長していくのか』等を綴っていこうと思います。
個人的な備忘録です。


【病歴】

14歳~
うつ病
婦人科疾患のPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)


【フラッシュバック・過呼吸の要因】

※これを克服する為にカウンセリング等の治療に取り組んでいます。いつか平気になる日が来たら良いなぁ…こういった事の克服は『自分が変わるしかない』と個人的には思っています。私に危害や傷跡を残していった人達を変える事は不可能ですからね…残念ながら。

■男女(カップルや夫婦など)が並んで写っているもの全般全て(写真・映像など全て)
→父親・父親とホステスが並んでいる風景が浮かんでくる(父親に人生をめちゃくちゃにされた恨みがまだ昇華出来ていない事による現象と思われる)・男性不信と病気が原因で30歳になった今でも男性と付き合った経験がないコンプレックスとトラウマが刺激される・世間とのズレに耐えられず心臓がドクドクしてくる(私は私で良いと言う状態まで到達出来ていない+そうなるにはやはり強い心の支えになるような事があると救われるのにな、と現段階(2019/10/21)では思う事しか出来ないでいる)・以上の事が一気に襲いかかってくる為、生々しすぎてまだどうしても慣れる事が出来ない(普通の人にとっては当たり前の事なのに…とずっと苦しんできた)
■性的なものを連想させるもの、言葉など
→やはり父親の性的なだらしなさを思い出してしまう・自分には腹違いの兄弟が沢山いる事を思い出してしまう・自分が不妊の身である事へのコンプレックス・私の婦人科の病気が見た目に出る疾患(肥満・多毛・顎に大量の髭が生える・声が低い)な為、触れてみたくても触れられない世界ゆえに苦しさが湧き上がってくる事等
■家族に関連する事全般
→毒親の話を聞くのは大丈夫・家族団欒や家族が仲良さそうにしている風景や音声や写真や映像全てダメ(やっと土日の家族連れとすれ違えるようになったが今でもまだ慣れない・自分が努力して気にならない程度になっただけ)・娘と父親が手を繋いでいるのを見ると息がウッとなる時もたまに・酷い日は家の中に居て外から聞こえてくる笑い声でも耳を塞いでしまう日もある・当の父親はまた内縁の妻を持ち世帯を持っているという理不尽さ等(本来は私から完全に離れて生活をしている他人の父親になっているような存在。そこまで固執する必要はないはずなのに何故か父の自由を許せない気持ちが今もある→どうやったらこの気持ちと折り合いを付けられるか課題)


【家庭環境】

:幼少期はやんちゃだったらしく、悪い事をした際に父親に死ぬかと思う程どつき回されたそうだがその際に隣に居た母親が止めてくれなかったのがとても悲しかったと言う。母親はミスコンを総ナメするような人でボーリングやスポーツでも優勝するなど多才な人だった。夜はスナックを経営していた。父親は社長で家庭に不在がち。寂しかったのだと思う。特に母親にあまり甘えられなかったのでは?だから女に走り家庭を作る事を繰り返してしまうのでは?と個人的には分析している。私もそうだがお金には困っていなくても心が寂しいと変な所が歪んでいく。彼もまた何かが歪んだままなのだろう。生まれてまもなく関わる事もなかったし、親戚の葬式で20年来の再会を果たしはしたが結局彼の事はまだまだ何も知らない部分が多い。出来れば沢山話を聞き彼がどういう人物なのかを知りたいものだが向こうには既に向こうの生活や都合がある為、なかなか…というのが現状。
私が2歳の時に外に女子供を作り家を出ていく→以降結婚離婚を繰り返し、私には腹違いの兄弟が沢山いる状態
性依存・衝動性が強く無計画・他人に対する配慮がない・口だけ約束が多い
余談だが自分のやった事の重さを理解していないエピソードとして、私が初めて好きになった人と上手くいかなくなってしまった時、人生で初めてリストカットをし、その腕の傷の写真と『私は大量生産された子供のうちの1部ですか?』という言葉と共に自分の今までのありったけの気持ちを全てLINEでぶつけた。その際、あまりにそれが衝撃的だったようで1日返事が出来なかった事、そんな事は思っていない、○○(私の本名)は世界に一人しかいない娘だ、等と綺麗事を抜かしやがった60近いクソジジイである。(やる事がガキすぎてとてもそんな年齢には思えない)私の全ての根源であるのは事実だがいつまでもコイツのせいにしていても私の人生の質が悪くなるだけなのでカウンセリングなどで頑張っていきたい所存である。まだまだここには書ききれないほどのエピソードがあるのでその内他の記事でも自然と触れていく事になると思う。

:実の母に「本当は流れれば良いと思っていたんだよー(だから飛んだり跳ねたり無茶したけど無事に生まれてきて良かったー)」等と幼い頃に言われた超絶気の毒な人。(本来は子供を作ってはいけない時期に母が宿った事もあり、もし障害児や奇形児だったらどうしようとの焦りからそのような軽率な言動・行動に至ったようだ。これも立派な毒親では?と個人的に思う。人としても最低だと思うが。)→18歳で秋田から上京→製薬会社に務めつつ借りているアパートの大家さんの紹介で父と出会い結婚→しかし結婚式の最中、実は父には他に婚約者が居たのだが直前に破談になりその代わりに結婚したのが自分なのだという衝撃の事実をスピーチで知る事になる。動揺はしたが何があってもやっていくと言ったそうだ→しかし決意も虚しく母の想像を遥かに超えた父の行動により別居~離婚となっていく。(ホステスとの交際・弟は右翼活動をしているからお前の家の前で会社のある事ない事宣伝カーで言いふらしてやると脅してくる女との交際・韓国や他国の外国人との交際(子供の頃、何気なく電話に出たら父の愛人だという外国人の女性の声が聞こえてきたのを今でも覚えている。かなり動揺した。)etc.....→離婚をし働きながら養父の資金援助を受ける事を決意→結果的には資金援助の匙加減は私がいかに養父の気に入るような人形になれるかで決まっていた→私が養父に人格否定されるような事を言われ部屋を飛び出し自室で泣いていても“良いから早く戻って!養父の機嫌を取り持って!”と言うのが毎回だった→私が14歳辺りからうつ病を発症した際は全く理解を示さずなぜ学校に行かないのかと毎朝問い詰められた→次第に私が婦人科の病気と精神系の病気を患っていると医師を通して理解し始めるが頭で理解している程度、喧嘩などする際は必ず『アンタはそんなんじゃ世の中でやっていけない』『私はうつ病になった事がないからわからない』などと言う(実際母は捻挫すら入院すらしたことが無い)→2012年に養父死去後は我が家の大黒柱として人生で初めて“女手一つ”という経験をする→そのストレスを当たり散らされる日もあるが何とか上手く共同生活をしている
・消極的、友達を作らない(人と深く関わろうとしない)、人に壁を作る、言いたい事をグッと飲み込めば済むという思考に陥りやすい

養父:支配的な人。言葉の暴力が絶えなかった。戦後気質。乱暴。幼稚。意味不明な根性論と持論を振りかざし他人の意見を耳に入れるという行為をしているのを見た事がない。私の実の父とは死ぬまで諍いが耐えなかったそうだ。お金は持っていたので養父になってからはより一層『この人を人間と思うのはよそう。お金だと思えば気が楽だ。』と思って様々な事に耐えていた。(私はそれがとても悲しかった。出来れば実の父親でなくとも身内なのだから暖かい家庭として成立させたいと子供ながらに願ったものだった)私が自分の思い通りにならないと母を責め(育て方が悪い等)そして今度は私が母に責められる(アンタが言う事聞かないと私が言われるんだから等)というループの中で生きていた。うつ病である事も婦人科の病気である事もなかなか認めようとせず結局そのままあの世へ。私がうつ病で支度がゆっくりしか出来ない時など罵詈雑言が飛び交った。逆らうと次の日の生活がどうなるかという中で生きていたので心が死んでいくのが分かりながらも養父が死ぬまで従い続けた。そんな中でも本当に時たま、よく分からない謎の優しさ?を見せる時が生きている間数える程度あった。(例えば私が行こうとした気功の治療院の場所を確かめる為にわざわざ東京から千葉まで車を走らせ現地確認をしてきたり)
完全に悪では無い養父の存在にどう対処していいか混乱する時も多々あった。
ガンが見つかり死が近い事を悟り、私の今後の事を聞かせろという話し合いが持たれた際、正直な話をした。すると自分の想像とはかけ離れた回答が私から帰ってきたからなのか『こんな事なら育てなきゃ良かった』と抗がん剤で禿げあがった頭を抱えて言われたのは今でも私の心に深く突き刺さったままである。(これも男性不信に繋がっている可能性があるのでカウンセリングを受けていく際で少し意識した方がいいかもしれない)

長くなりましたが一応これを軽い自己紹介ページとさせて頂きます。自分の生育過程については書いていたらあまりに長くなってしまったのでまた別の機会に。

ここまでお読みくださり誠に感謝致します。

毒親で苦しんでいる方・特殊な家庭環境や養子などで育った方・うつ病やトラウマやフラッシュバックで苦しんでいる方・カウンセリングを受けている方など様々な方の背中を押せるようなそんな文が綴れたらと思います。どうぞ宜しくお願い致します。