侍ジャパン代表候補に急浮上した「ラーズ・ヌートバー」とは?


国別対抗で野球の世界一を決める「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」は来春3月に、第5回大会を迎えます。
2021年12月、新たな日本代表監督として、北海道日本ハムファイターズの前監督である栗山英樹氏が就任しました。
2022年のシーズンが終了後、今月初旬に、日本代表が招集され、強化試合が組まれましたが、来春3月に日本代表が参加する予選ラウンドが東京ドームで始まり、本選が米国フロリダ州マイアミで行われる予定です。

WBCはメジャーリーガーが参加できる国際大会として2006年に始まりました。
日本代表は2006年の第1回、2009年の第2回と2連覇を果たしましたが、第3回の優勝はドミニカ共和国、第4回はアメリカ合衆国が優勝を収めました。

日本代表メンバーはこれから正式に決定される予定ですが、どの選手がメンバーとして選出されるのかがシーズンオフの注目となっています。
特に前回の第4回大会では日本代表に現役の日本人メジャーリーガーは一人も選出されず、2大会連続のベスト4どまりだったこともあり、今回、優勝を目指すためには日本人メジャーリーガーの力が不可欠だという見方も強まっていました。

そんな中、もっとも注目を浴びる大谷翔平が11月17日、自らのインスタグラムを通じて、WBC日本代表入りの意思を栗山監督に伝えたことを表明しました。
そして、翌11月18日、WBC日本代表に、大谷翔平に加え、日本人メジャーリーガーのダルビッシュ有、鈴木誠也を招集する見込みであるという記事が出ました。
さらに、現在、MLBで活躍する、日系人のメジャーリーガーも併せて招集するという計画が明らかになりました。

具体的に名前が挙がったのが、セントルイス・カージナルスに所属するラーズ・ヌートバー(25歳)と、クリーブランド・ガーディアンズに所属するスティーブン・クワン(25歳)です


WBCで各国の代表に選出される資格は以下の通りと定められています。

出場資格(2020年現在)
1 当該国の国籍を持っている
2 当該国の永住資格を持っている
3 当該国で出生している
4 親のどちらかが当該国の国籍を持っている
5 親のどちらかが当該国で出生している
6 当該国の国籍またはパスポートの取得資格がある
7 過去のWBCで当該国の最終ロースターに登録されたことがある

ヌートバーやクワンは、日本人の血を引いていますが、日本の国籍を持ちません。
しかしながら、ヌートバーは母親が日本人で、かつ日本で出生しているため、5の「親のどちらかが当該国で出生している」に該当します。
従って、立派に、WBCの日本代表になる資格があるというわけです。

一方、クワンは母方の祖父母が日本人で、現在、WBC側に日本代表の資格があるかどうかを確認中とのこと。

では、ラーズ・ヌートバーはどんなキャリアを歩んできたのでしょうか。

ラーズ・ヌートバーの野球キャリア



ラーズ・ヌートバー(Lars Taylor Tatsuji Nootbaar)は、1997年9月8日、米国カリフォルニア州のエルセグンドで生まれました。
父はチャーリー・ヌートバーさん、母は旧姓エノキダ・クミさんです。

ヌートバーという苗字はオランダ系ですが、チャーリーさんはオランダ、ドイツ、イギリスの血を引いており、さらにチャーリーさんの祖父は、ハーバート・ヌートバーという実業家で慈善家でした。
Wikipediaにページがつくられているほどの著名人です。
チャーリーさんはカリフォルニア大学のサンルイスオビス校に在籍し、日本語を学んでいたところ、日本から交換留学生であるクミさんと出会いました。

その後、チャーリーさんは日本語の勉強を続けるために日本へ向かおうとしたのですがが、直前になってホストファミリーから受け入れを拒否されてしまいます。
途方に暮れたチャーリーさんは、唯一、日本人の知り合いであるクミさんに連絡しました。

思わぬ形で、日本で再会した二人はこれをきっかけに交際を始め、めでたく結婚します。
東京で結婚生活を始めたチャーリーさんとクミさんの間に、1993年、長男ナイジェルさんが生まれました。
その後、三人はカリフォルニア州エルセグンドに戻り、生活を始めます。
続いて次男としてラーズが1997年に誕生します。
ラーズは、テイラー・タツジというミドルネームがつきました。

実はラーズの曽祖父であり、チャーリーさんの祖父であるハーバートは、オランダの野球のトップレベルのリーグであるHonkbal Hoofdklasse(ホーフトクラッセ)が1922年に設立された際、最初に投資した一人でした。
その縁もあったせいか、ナイジェルさんとラーズは野球を始めることになりました。

兄ナイジェルさんは投手として頭角を現すと、南カリフォルニア大学に進みました。
(実は、ナイジェルさんとラーズの曾祖父にあたるハーバートは、南カリフォルニア大学にも多額の寄付をしていました。)

兄ナイジェルさんは2014年、ドラフトでボルティモア・オリオールズから12巡目指名を受けます。そこからマイナーで2年、プレーしましたが、MLBに昇格することなく、独立リーグに移り、そこで現役を引退しました。

一方、弟のラーズも兄の後を追うように、野球を始めていました。
右投左打ちのラーズは地元のエルセグンド高校に進学します。
そこでアメリカンフットボールと野球に打ち込みます。
野球では、2012-2014年に3年連続で打率.450前後を記録。オール・カリフォルニア代表にも3度、選ばれたとのことで、リーグMVPを3回、獲得。
アメフトではイーグルスのクォーターバックとして、2013・14年に2回、リーグMVPを獲得していますので、その身体能力の高さがうかがえます。

ラーズは、フォーダム大学やカリフォルニア大学デービス校からアメフトの選手としてのオファーを受けてましたが、兄と同じ南カリフォルニア大学(USC)で野球をプレーすることを選択しました。
当初は、内野手でしたが、外野手に転向しました。
3年生の時に打率.249、6本塁打、24打点を記録しています。
ラーズは学業も優秀だったようで、「文武両道」を地でいく選手だったようです。

兄に続き、ドラフト指名

ラーズ・ヌートバーは2018年のMLBドラフト8巡目(全体243位)でセントルイス・カージナルスから指名され、入団します。
ヌートバーの評価は、選球眼がよく、ミート力もあるもの、たまに長打を打つがあまり持続性はなく、走力はそこそこだが、肩は強いほう、というものだったようです。

2018年、カージナルス傘下のショートシーズンA級(A-)チームのステート・カレッジ・スパイクスでは56試合に出場して、打率. 227、2本塁打、26打点、2盗塁、OPS.592という記録でしたが、1試合7打点という記録をつくっています。

2019年には、同じくカージナルス傘下のA級(1A)ピオリア・チーフス、A+級パームビーチ・カージナルス、AA級(2A)スプリングフィールド・カージナルスという3つのクラスのチームでプレーしており、3チーム合計で101試合に出場、打率.264、7本塁打、38打点、4盗塁、OPS.712を記録しました。

ヌートバーは順調にメジャーリーガーへのステップを登っていましたが、2020年は新型コロナウイルスの影響でマイナーリーグのシーズンが全休となり、彼自身もプレーする機会を失いました。
ヌートバーは両親からアドバイスを受け、航空宇宙産業関連の企業で整備工として雇われ、時給20ドル(約2800円)で週6日、朝4時起きで4か月、働いたとのこと。
この経験によって、ヌートバーは野球ができることのありがたみを実感し、以前よりさらにハングリーな気持ちになったそうです。

23歳でメジャーデビュー、新人でサヨナラ安打とメジャー初本塁打を記録

ヌートバーは2021年はカージナルス傘下のAAA級(3A)メンフィス・レッドバーズに昇格し、35試合に出場、打率.308、6本塁打、OPS.900という成績を挙げます。


この活躍が認められ、その年の6月22日、ラーズ・ヌートバーはついにメジャーの40人ロースターに入り、背番号「68」を着け、晴れてメジャーリーガーとなりました。
そして、その日に敵地でのデトロイト・タイガース戦で「9番・レフト」でメジャーデビュー。
その試合は3打席ノーヒットに終わったものの、犠牲フライを放ってメジャー初打点を記録しました。
その翌日、6月23日には、同じくタイガース戦に先発して、センターオーバーの三塁打を放ち、メジャー初安打をマークしました。


その後、ヌートバーは打率1割台と低迷しましたが、8月12日、ピッツ・パイレーツ戦で代打で登場すると、J・T・ブルベイカー投手からライトスタントにメジャー初となる本塁打を放ちます。


さらに、8月25日、地元でのデトロイト・タイガース戦では、途中出場すると、10回裏に廻った打席で、マイケル・フルマー投手からキャリア初となるサヨナラヒットを放ちました。

その後、ヌートバーは代打起用が多く続きましたが、守備でも見せました。
9月15日には敵地・ニューヨーク・メッツ戦で、ピート・アロンソのホームランをもぎ取るキャッチを見せます。

9月24日、曾祖父・ハーバートの生まれ育ったシカゴ、リグレーフィールドで行われたシカゴ・カブス戦では、「7番・ライト」で先発出場すると、キャリア初となる1試合2本塁打を放ちました。


https://www.mlb.com/video/lars-nootbaar-s-two-homer-game



結局、2021年のシーズン、ヌートバーはメジャーで58試合に出場し、打率.239、出塁率.340、5本塁打、15打点、OPS.739を記録しました。



メジャー2年目に、14本塁打

今年2022年は、開幕はマイナーでスタートしたものの、背番号「21」を着け、4月15日にメジャー今季初出場を果たします。

ヌートバーはルーキーイヤーの前年と同様、6月までは打率.145、2本塁打と低迷します。ですが、今季からカージナルスの指揮を執ることになったオリバー・マーモル監督が辛抱強く、ヌートバーを起用し続けました。
その結果、7月に入り、ヌートバーは打率.317、3本塁打と調子が上向きました。

8月4日、カブス戦で、ヌートバーは印象的な活躍をします。
カージナルスが2-3と1点を追う7回に、まずヌートバーの同点となる犠牲フライで追いつくと、9回には走者二塁の場面で再び、左打席にヌートバー。
ヌートバーはライトへ弾き返すと、カブスのライト、鈴木誠也が掴んで懸命にバックホーム。
しかし、二塁走者のノーラン・アレナドがヘッドスライディングでホームイン。
ヌートバーはキャリア2度目となるサヨナラ安打を放ちました。


ヌートバーは8月は打率.284、5本塁打という成績を残します。
9月は調子を落としたものの、結局、メジャー2年目となる2022年のシーズンは108試合に出場し、打率.228、14本塁打、40打点、出塁率.340、OPS.788という成績で終えました。

ヌートバーは今季先発出場した70試合のうち、打順下位を打つことが多かったのですが、選球眼がよく、20試合で打順一番を打っています。

またヌートバーは左打者ですが、左投手のほうを得意としており、今季の対戦成績は打率.273、1本塁打。
対右投手は今季打率.217ですが、13本塁打を放っており、右投手のほうが確実性は低いものの、長打力を発揮できるようです。

ヌートバーは守備ではライトでの出場がもっとも多く、74試合で守っていますが、センターでも12試合、レフトでも9試合を守っています。

守備は堅実、かつ球際に強いところを見せ、ダイビングキャッチや強肩を活かして失点を防いでいます。2022年は捕殺を8個、記録し、併殺を4個、完成させています。





ヌートバーが所属するカージナルスは今季、4年連続となるポストシーズンに進出しました。
ヌートバーも初めてポストシーズンに出場し、2試合に先発出場すると、いずれもヒットを放ちましたが、チームはフィラデルフィア・フィリーズに敗退しました。


ヌートバーの偉大なチームメートらも、米国代表でWBCに参戦予定

ヌートバーはカージナルスで、MLB史上4位となる通算703本塁打を達成したアルバート・プホルス、MLB通算2112安打を放った捕手のヤディーナ・モリ―ナ、今季ナショナル・リーグMVPに輝いたポール・ゴールドシュミット、メジャー最高の三塁手ともいわれるノーラン・アレナドらと共にプレーしています。

ゴールドシュミット、アレナドはすでにWBC米国代表入りが発表されています。
ヌートバーにとって、母のクミさんの祖国である日本の代表として、かつ、偉大なチームメートたちとWBCで戦うことは魅力的なオファーに違いありません。

また、ヌートバーはまだ2年とはいえMLBの投手との対戦もあり、日本代表に加入すれば、大きな戦力となってくれることでしょう。

ちなみに、ヌートバーと「同級生」に当たる日本人選手は、1997年4月以降から1998年4月1日までの生まれです。
高卒では2015年ドラフト組、大卒では2019年ドラフト入団組ということになります。
愛斗、廣岡大志、宇草孔基、柳町達、高橋奎二、森下暢仁、伊藤大海、津森宥紀、伊勢大夢、高部瑛斗、小笠原慎之介、佐藤都志也らがいます。

果たして、NPB出身でない選手が侍ジャパン代表に選出されるのかどうか。
最終メンバーの決定まで予断を許しませんが、WBCの日本代表の動向が今オフ最大の関心事になることは間違いありません。


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